特技披露で会場の空気が一変
とっさに思いついたのが、派手な動きをプラスすることだった。大袈裟にこける動きを足したら目を引くのではないか。こけた場所にたまたま財布が落ちていて、立ち上がろうとしながら何食わぬ顔で財布を拾ってカバンに入れたらどうだろう。
今思えば、歩いてる最中にコケるなんて、素人が一発目に思い浮かべそうなベタなボケだが、これはウケると思った俺は自信満々に演技を始めた。
何かにつまづいてこける。こけたところにたまたま財布があったことを全身で表現する。周りをキョロキョロ見て、ズルそうな表情で誰も見てないことを確認する。口笛を吹きながら何食わぬ顔で財布をカバンにしまい、そのまま足早に逃げ去る。
残念ながら、その演技がウケたのかスベったのか、周りのリアクションはまったく覚えていない。なぜかといえば、冷静に周りのリアクションを観察できるほどの余裕がなかったからだ。
演技後の質疑応答で、特技欄に書いた「躰道(たいどう)」がどんな武道なのか質問され、型を披露することになった。すると、会場の空気が一変した。たたずまいから呼吸法まで、あきらかに素人ではない動きだったからだろう。
その時すでに躰道三段。躰道という武道を知らなかったであろう、会場にいたみんなが動きに圧倒されている。
型も後半になり、バク宙からの前転突きで、気合いの「ターーー!」。会場からは「おーっ!」というどよめきと拍手がおきた。
それっぽい業界の人たちは「すごいね~、どれくらいやってたの?」と、かなり食いついてきた。
数日後、ふたたび手紙が届いた。
「合格」
自分なりに手応えを感じていたから、合格通知を見ても驚きはなかった。事務所に電話をすると、初日は挨拶と稽古があるから動きやすいジャージとタオルを持ってこいと言われ、電話を切る。
すぐに地元の友達に連絡をすると、みんな喜んでくれた。ようやく俺の本当の人生が始まったような気がした。
23歳で飛び込んだ芸能界という戦場。ここから先にはバラ色の未来が待っていると思っていた。だけど今ならわかる。当時の俺はなんの武器も持っていなかった。
(構成:キンマサタカ)