iPhoneやApple Watchなどの人気は日本でも高く、企業としての時価総額も世界でトップとなるApple社。今回は、理科・科学の達人にして『理科の探検(RikaTan)』編集長でもある左巻健男氏が、スティーブ・ジョブズがハマった、がん治療法の真相について検証します。
※本記事は、左巻健男:著『陰謀論とニセ科学』(ワニブックス刊)より一部を抜粋編集したものです。
早い段階で“すい臓がん”が発見されたのに・・・
Apple共同創業者の一人であるスティーブ・ジョブズの、がん発見からがん治療までの経過は、ウォルター・アイザックソン著・井口耕二訳『スティーブ・ジョブズⅡ』(講談社/2011)によっています。なお、以下の要約の文責は私です。
2003年10月、ジョブズは腎臓結石のときに治療を受けた医師とたまたま顔を合わせ、腎臓と尿管のCTスキャンをするようにすすめられました。5年ぶりのスキャニングで、その結果、腎臓に問題はありませんでした。
ただ、すい臓に影があるので、すい臓検査の予約を求められたが、これを無視します。とはいえ、医師はしつこく、数日後にまた検査するようにと連絡してきました。その声があまりにも真剣だったため従うことにしたのです。
この検査ですい臓がんが発見され、細胞をとって調べる生検もおこなわれました。ほとんどのすい臓がんは、治療できない腺がんと呼ばれるタイプなのに、ジョブズの場合は、すい臓神経内分泌腫瘍と呼ばれるめずらしいタイプで進行が遅く、たまたま早期に発見されたので、転移する前に手術すれば生存確率が上がるものでした。
このがんは、手術で除去するしか医学的に認められた対策がないというのに、ジョブズは手術を拒否してしまったのです。
そこには若い頃からの東洋思想などの影響で、体を切り刻まれたくないという気持ちと、西洋医学への拒否感があったのかもしれません。「権威を信じない」「自分一人を信じる」という彼の信念がそうさせたのでしょう。
ジョブズは、新鮮なニンジンと果物のジュースを大量にとる絶対菜食主義を貫きました。それに鍼(はり)やハーブ薬なども併用して実践し、ほかにもインターネットで見つけた療法や心霊治療の専門家など、他人からすすめられた療法も試しました。
これらの療法の実践は、すい臓がんと診断されてから9カ月間続きました。
スティーブ・ジョブズは治療可能な病で死亡した
2004年7月の金曜日、新しく撮ったCTスキャンの画像には、大きくなったがんが写っていました。広がった可能性もあり、ついにジョブズは、現実と向き合うしかなくなりました。そして手術の結果、肝臓に3カ所の転移が見つかったのです。
がんが発見された直後、つまり9カ月早く手術していたら、広がる前だったかもしれません。もちろん、誰にも確実なことはいえませんが、多くの人は、この遅れが致命的な結果につながったとみています。
ジョブズは、取材したアイザックソンにこう告げました。
「体を開けていじられるのが嫌で、ほかに方法がないかやってみたんだ」
そのように当時を回想するジョブズの声には、悔やむような響きが感じられたとアイザックソンは述べています。
2008年になる頃、がんが広がりつつあることが明らかになりました。それが一般にも知れわたるようになり、その懸念からアップルの株価が下がりはじめました。
肝臓移植手術もしましたが、内臓を囲んでいる腹膜に斑点が認められました。がんの進行は思ったよりも速かったのです。
2010年11月に体調が下り坂となり、痛みがひどくて食事ができなくなりました。翌年1月には3度目の病気療養休暇をとることになり、7月には骨など体のアチコチにがんが転移し、もはや分子標的治療でも適切な薬を見つけられなくなったのです。
ポール・オフィット著・ナカイサヤカ訳『代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?』(地人書館/2015)の「第8章 がん治療」では、副題に「スティーブ・ジョブズ、サメ軟骨、コーヒー浣腸 等々」となっており、ジョブズのがん治療からの経緯が書かれています。
そこには「……しかし、彼の選択は致命的だった。手術を受けたときにはがんは広がっていた。2011年10月5日、入退院を繰り返した末、スティーブ・ジョブズは治療可能な病で死亡した……」と記されています。