「文系ですか? 理系ですか?」。日常生活のなかで、よく聞いたり・聞かれたりするこの質問。今や「文系・理系」は、人の“属性”を示す概念としてすっかり定着した感がある。特に「文系」を自認している人は、理系の話が苦手な傾向にあり、完全に興味の外という人も多い。文系と理系は、本来対立概念ではないはずなのだが、教育課程でコースが分かれることもあって、一度分かれてしまったら、以後あいまみえることがないようなイメージが出来上がっている。

そのような状況下で、科学/化学のおもしろさを一般の人、主に文系の人にもわかりやすく解説する活動をしているのが、人気化学講師の坂田薫氏だ。彼女の著書『「家飲みビール」は何故美味しくなったのか?』(小社刊)は、最新の科学技術を我々の日常生活に関連づけて解説しており、身近にある話題から科学のおもしろさを実感できる内容になっている。

今回お送りするのは、そんな彼女と、日本を代表する化学者でノーベル賞候補との呼び声も高い藤田誠博士との対談。テーマは藤田博士が発見した画期的なメソッド「結晶スポンジ法」を糸口に、基礎研究の大切さ、文系と理系の相互理解の必要性までに及んだ。一見難しそうだが、エキスパートの二人がわかりやすい喩えを用いて解説してくれているので、化学に興味のある人はもちろん、“理系の話は苦手”と思う文系の人にこそ読んで欲しい対談だ。

対話の場となったのは、藤田博士が次世代の産学連携拠点として新たに立ち上げた「三井リンクラボ柏の葉」。二人の対談の面白さとともに、従来の研究室のイメージとは異なる開放的な空間と自由な雰囲気にも、化学の新しい可能性を感じた。

▲人々の生活に密着した化学について書いた著書『「家飲みビールは何故美味しくなったのか?』を手にする坂田氏(左)と藤田誠博士(右)

中高生のような相互作用が「自己組織化」にちょうどいい 

藤田 坂田さんは化学の面白さを伝えるという「化学コミュニケーション」のお仕事をされていて、今はYouTubeのニュース番組で、元NHKの堀潤さんがプロデュースしている『8bitNews』に出ていらっしゃいますね。

坂田 ご覧いただきありがとうございます! 

藤田 そのなかで、月に一度「SCIENCE NEWS」というコーナーを持たれていて、世の中の最先端の研究をわかりやすく社会に説明してくれているんです。僕、その1回目のときにゲスト出演したんですよね。スタジオでライブ配信で、すごいアウェイ感があったんだけど。

坂田 今日は先生のラボで対談させていただくので、私のほうがアウェイ感があります(笑)。私は昨年末に、日本の最新研究と研究者を伝える内容の本(『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか?』)を出版させていただいたんですけど、そのなかで、藤田先生の「結晶スポンジ法」に関しても書かせていただきました。

藤田 ありがとうございます。一番最初のトピックで扱ってくれましたね。

坂田 先生の「結晶スポンジ法」は、本の題名にもなっているビールの研究だけではなく、もうさまざまな分野で利用が始まっているということなんですけど、そもそも先生は、どういう流れで「結晶スポンジ法」にたどり着いたんですか。

藤田 僕らは化学の世界で、「自己組織化」という現象をキーワードとした研究を長年しています。例えば、化学平衡――これは高校でも習ったと思いますが、AからB(正反応)、BからA(逆反応)っていう形で、1本の直線上で反応が釣り合うと、最後、一番落ち着くべきところに落ち着くというやつですね。

原子、分子の世界も同様で、有機化合物とか、たくさんの成分が付いたり切れたりを繰り返していると、それらが一番収まりのいい形のところに収まってくるんですね。その成れの果ての姿として、すごい整った構造ができるんですが、その1つがスポンジのように穴の空いた構造で、実際スポンジのようにものを取り込むという現象を見つけたんです。

坂田 素晴らしい発見ですよね。『家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか?』でも特に大きな反響がありました。

藤田 で、今、ネットで「自己組織化」って検索してみると、それは僕でも驚いちゃうんだけども、生命現象はもちろん、経済学や社会学なんかでも使われているんですね。例えば宇宙の自己組織化とか。そういういろんなところで「自己組織化」という言葉が使われているんです。

要するに共通しているのは何かっていうと、たくさんのものが無数に相互作用していると、そこには自然と秩序が生まれてくるということ。そして秩序が生まれると、さらに恒常性が生まれてくる。

僕らの生命現象がまさにそうで、僕らの体の中では、何千、何万っていう種類のタンパクとかイオンなどの小分子、いろんなものが宇宙のようなネットワークを作っているわけです。そういうネットワークがあるから、どこかが悪くなって熱が上がり始めると、熱を下げようとするでしょう。寒くなると、温まろうとして鳥肌が立ったりね。いずれも恒常性を保つためのことですね。

宇宙とか経済の仕組みとかも同じです。人間社会でも、例えば渋谷の交差点から100人抽出してきたら、まったく無秩序な状態なんだけども、なんとなく相互作用をしているうちに、なんとなく収まってくるよね。

坂田 確かに自然に秩序って生まれますもんね。で、うまい具合に落ち着いていきますよね。付き合いたくない人とは疎遠になったりして。

藤田 なんとなく引き合う力と、ちょっと離れる力。それらが付いたり切れたりするわけですけど、これが実は強過ぎても駄目で、弱過ぎても駄目なんです。弱過ぎるとなんにも起こらない。例えば渋谷のど真ん中からおじさん100人連れてきても、なんにも起こらないんですよ。お互いにいい年だと、今さら友達が欲しいなんて誰も……。

坂田 思ってない(笑)。

藤田 そう。むしろ「放っておいてくれよ」と思うから、なんにも起こらない。力が弱いわけです。ところが、それが保育園児だとすごいよね。みんな「遊びたい遊びたい」で、なんにも恥ずかしいなんて気持ちないから、片っ端から出会い頭にみんなくっついていっちゃうんだ。そうすると、もうとりとめもない固まりになっちゃう。

だから、それ、物質の世界の自己組織化でも、力が強過ぎると出会い頭に全部くっついていっちゃうので、とりとめもない塊になるの。ところが強過ぎもせず弱過ぎもせずっていうと、気が合わなければ離れちゃうと。気が合ったときに、もうちょっと話していようよみたいな形で、だんだんそうやってグループができて、グループ同士でも会話が生まれたりとかで。

だから中学生とか高校生ぐらいだと、ちょっと友達欲しいっていう気持ちと、でもちょっと恥ずかしいから1人でいたいという気持ちもあって、ちょうどいいバランスなんですよ。

坂田 なるほど、文系の方にも伝わりやすい説明ですね! 

藤田 で、僕らの領域――それは金属イオンと有機化合物の自己組織化のことを指すわけですが、これが引き合う力っていうのが、ちょうど強過ぎもせず弱過ぎもせずなので、収まりのいい形にどんどん収まってくれた。自己組織化を分子の世界で実現するのに、それがちょうど程よい結合だっていうことに気がついたわけね。

▲わかりやすい喩えを用いて解説する藤田博士