スポーツジムが風呂代わり
仕事終わりの控え室。俺は店長に「そろそろスタッフを辞めて、出演者として、芸人として、一本でやっていきたい」と決意を伝えた。
その頃には、スタッフをはじめ店長から社長まで、みんな俺の夢を応援してくれていたから、「一人くらいの欠員はどうにでもなる」と店長は笑った。俺が芸人として大きな一歩を踏み出した瞬間だった。
キサラの店員を辞めることを決めると同時に、俺は迷わず引っ越しを考えた。これから先は定期的な収入はゼロになる。お気に入りだった都庁近くの家賃7万のマンションには住み続けることはできそうもなかったから、もっと安いアパートを探さなければならない。
しばらくはキサラを拠点に生活する予定だったので、新宿に近いアパートを探して不動産屋を回ったが、都内の家賃はバカ高いと改めて思い知った。3万円の物件を見つけて小躍りしたが、よく見たら駐車場だったなんてこともあった。
根気強く探していたところ、中野坂上に4万3000円の風呂なしアパートを見つけた。中野坂上という場所にはなんの思い入れもなかったが、新宿に近いのに家賃が安いのが魅力的だった。
1ルームだったが広めのキッチンがあり、ベランダも広く陽当たりも良い。風呂なし問題は、近くにあったスポーツジムに入会すれば解決できる。ジムの月会費は1万2000円だったが、ジムで風呂に入れば55000円。これならなんとか維持できる。
ショーパブの店員時代は運動らしい運動してなかったから、ジムで体を動かせるのも魅力的だった。このアパートから再出発しようと決めた。格安物件だったが、和式の古いトイレがあったし、特に不便は感じなかった。
昼に目が覚めたら外でメシを食って、ジムに行って軽く運動と風呂を済ませる。喫茶店でネタを作って、ショーパブの出演があればそれに備え、何も予定がなければファミレスでネタ作り。芸人仲間と酒を飲みに行く日は、深夜12時近くに帰宅。
家というのは、芸人にとって寝に帰るだけの場所だが、広めのキッチンに収納スペースもあったし、衣装や小道具なども収納できる押入れもあったのがうれしかった。ここを拠点にすれば、バイトも少なめでもなんとか暮らせると思った。俺の新しい芸人人生はこの街から始まり、今もその近くに住んでいる。
(構成:キンマサタカ)