ロシアによるウクライナ侵攻で学ぶべきこと

――この本を読んで感じたのは、ノンフィクションを伝えるためのフィクションの物語であるということ。最先端のミサイルの技術とか、燃料の話とか、常識として知っておきたい知識はもちろん、先ほどもお話しましたが、やはりリアルを元に描かれているので、単なるスパイ小説よりもずっと説得力があるし、単純にエンタメとして面白いです。

川嶋 ありがとうございます。まさに、この本で感じてほしいところだったのでうれしいです。私の中では、ほぼ事実に近いことだけど、ニュースでは伝えられないこと。でも、これだけは皆さんに知ってほしいところをうまく脚色して、作品の中に詰め込んだつもりです。

――少し前まではロシアのウクライナ侵攻があり、国民の興味が国防に注がれていたような気がするのですが、現在は物価上昇、経済に興味が移っているように感じます。先日の参院選でも公約のその部分を強調する政党や議員が多い印象で、マスメディアもそこに焦点を当てていたような気がします。自分はそこまで国防問題に明るいわけではないですが、あまりにも早いスピードで興味が移り変わっていくのは問題なんじゃないかと思っていて。

川嶋 そうですね。国会で議論されたのは「敵基地攻撃能力」をどうするかなんですが、敵基地攻撃能力というのは、簡単に言うと弾道ミサイルの発射基地など、敵の基地を直接攻撃できる能力です。今回のロシアのウクライナ侵攻だと、ウクライナは自国が攻撃された際に一生懸命防衛しているけども、一方のロシアは自国を攻撃されないまま、相手の国のなかだけで戦っている。ウクライナのクレメンチュークにあるショッピングモールで買い物しているとミサイルが飛んでくる、というのはまさにそれですよね。

――よくニュースで見ました。

川嶋 ウクライナの人々が、いつミサイルが飛んでくるかわからない状況なのに、ロシアがそんな危険に晒されることはない。これは戦争の形態として完全におかしい、ほぼ侵略に近い。このように、敵基地攻撃能力を有しない限り、侵略の危険性とは隣合わせになっているということは認識すべきだと思います。

――なるほど。あのニュースを見て、そこを感じ取らないといけないわけですね。

川嶋 あと、今回のロシアによるウクライナ侵攻で学ぶべきことは、ウクライナも建物の下に大勢の人を収容できる防空壕を作っているところです。フィンランドとかもそうなんですが、第二次世界大戦を経験した国は有事の際の備えがしっかりしています。日本がそこまでしっかりしているかというと、残念ながらそうではないと言えると思います。

――この本を読んで、有事の際の備えが本当に大事だなと改めて思いました。

川嶋 本でも描いておりますが、ミサイルで攻撃されたとき、どうやって人命を救うか。今後、本当に考えなければならないテーマだと思います。

――たしかに有事が起こった際、どこに逃げ込まなきゃいけないか、自分も含め多くの人が知らないですよね。

川嶋 悲しいですが、日本人に決定的に欠けている点は、最悪のシナリオを想定していないところ。原子力発電所を作るとなった場合、本来なら有事の際、どうするべきかという議論がなされるべきですが、実際、東日本大震災が発生するまでは、原子力発電所は安全ですと言われていて、議論さえなされなかった。この場合、想定されていなかったことが非常に問題で、どこかの国、例えば北朝鮮がミサイルを日本に打ち込んでくるかもしれない。それをシナリオとして想定しておくことが重要だと考えます。

――本を読んでいるときに、北朝鮮がミサイルを発射した話が出てきて、“あ、そういうことあったなあ”って思い出すぐらいでした。あのとき、ちょうど自分は北海道にいて、ミサイルも北海道の上空を飛んでいった、という緊張感のある状況だったのに、すでに忘れている。

川嶋 そういう方が大多数だと思います。そんななかで、小池都知事が「地下鉄を有事の際の避難場所にする」と言ってました。こういう新しい動きも個人的には注視したいと思っています。

映像化という未来があればうれしい

――川嶋さんが別のインタビューで語っていたことで「ご自身のTVプロデューサーとしての感覚と、本の編集者の感覚が違うなって思った」と語っておられましたが、そこをもっと具体的に伺ってもいいですか?

川嶋 僕は自分の感覚で、テンポや場面展開、エンターテイメントになるように書いたんですけど、“そこのボリュームはあえて抑えたほうが、この後の展開が活きますよ”とかを編集者の方に教えてもらって。実際にそう直してみたら、たしかに全体が締まったので、さすがだなと(笑)。編集の方が意識したのは、例えアクションシーンが事実に基づいたノンフィクションだとしても、“多すぎるとリアリティがなくなる”ということらしいです。

――終盤、基本的にはクールだった主人公の山下が、珍しく感情を露わにしたように読めました。そこには、いかんともし難いことや、普通の人では関与することができないブラックボックスへの憤りもあるのではないかと思ったのですが、川嶋さんがこの本から国防や危機意識以外に、感じ取ってほしいことはありますか?

川嶋 日本という国の置かれた位置関係は、中国・北朝鮮・韓国・ロシアなど、いつ何時どうなるかわからない国と隣り合わせに位置しているわけです。そこも認識していただきたかったし、国際情勢的にこれまで長くアメリカが世界のリーダーとしてやってきたなかで、中国の勢いが無視できない状況まできている。近い将来、さまざまなことが大きく変わる可能性があるなか、新しい時代に向けて日本がどうするべきかを考えていただきたかったですね。

――たしかに世界情勢がこんなふうになっていくなんて、10年前だったらほとんどの人が想像してなさそうですよね。

川嶋 韓国もつい先日、宇宙にロケットを打ち上げましたが、あれはただ宇宙開発のためだけではなくて、自分たちも弾道ミサイルを打てるぞ、という意思表示であると受け取りました。繰り返しになりますが、日ごろから皆さんには安全保障という面で認識を深めていただきたいと思っています。

――では最後に、川嶋さんの今後の目標をお伺いしてもいいですか?

川嶋 まずはこの本を売る、徳間書店さんにご迷惑をかけない、ということが第一。そしてその先に、私もTVマンですし、映像化という未来があればうれしいですね。

――映像化! 例えば、どなたに山下の役をやってもらって、谷りさ子の役はこの人、とかはあるんですか?

川嶋 逆に読んだ方にお聞きしたいんですよ、誰がいいと思いますか?(笑)

――(笑)。山下は西島秀俊さんのイメージ、谷さんは広瀬アリスさんとか…?

川嶋 いいですね、こうやって考えるだけなら自由なので、これが現実になるように、ひとりでも多くの方に読んでいただきたいです。


プロフィール
 
川嶋 芳生(かわしま・よしお)
1970年生まれ。大学卒業後、某大手テレビ局入社。報道記者として海上保安庁を担当。2001年に東シナ海で発生した朝鮮民主主義人民共和国の不審船による九州南西海域工作船事件のほか、2017年大陸間弾道ミサイル発射など、多くの事件や事変を担当。アメリカ連邦捜査局・FBI捜査官を取材したほか、金ファミリーや北朝鮮の現役工作員へのインタビューを敢行。現在、旧東ドイツの諜報機関・シュタージに関する取材も続けている現役のTVプロデューサー。