ギャラ飲みとの決別
芸人をやっていると、芸人同士のつながりや飲み屋で知り合った社長のつながりで、お金持ちの社長の飲み会に誘われる機会がある。飲み会帰りにはタクシー代と称して2~3万を渡されるのだ。一時期話題になったキャバ嬢のギャラ飲みみたいなものだ。
飲み会の現場に着くと、何をやっているかわからないけど羽振りの良さそうな社長が真ん中にいて、両脇にキャバ嬢かグラビアアイドルだろうか、きれいな女性が座っている。俺たちはその前でネタやるのだ。
社長や、その取り巻きの人たちに「つまんねーな」「いつ笑わせてくれんだよ」「お前は一生売れねーな」と言われ、「面白かったらとっくに売れてますから〜」と愛想笑いをする。
コンビニなどのアルバイトで日給1万を稼ぐというのはなかなかしんどいが、その飲み会に行けば、タダ酒が飲めて数時間盛り上げるだけで2~3万のタクシー代がもらえる。
若いときは飲み会に誘われるたびラッキーだと思っていた。芸人とはなんて恵まれた仕事なんだと思った。だが歳を取れば取るほど、飲み会後の疲労が取れなくなっていく。なんて惨めな金の貰い方なんだろう、とさえ思うようになっていた。
深夜に家に帰って、台所の蛇口から直接水を飲む。そして小さくため息をつく。テーブルに置かれたお車代と書かれた封筒がやけに汚らしく見えた。中にいくら入ってるか知らないが、無駄に使い切ってやろうと思った。
そんなある日のギャラ飲みでのこと。飲み会の最中にトイレで用を足した俺は、鏡に映る自分の顔を見た。俺は鏡の中の自分に問いかけた。
「一生懸命作ったネタや人格否定されて、金をもらってうれしいか?」
飲み会が終わり、いつものように社長が「ホラッ、お疲れ」と言ってお金を渡そうとしてきたが、「こんな面白くない芸人にお金を渡すのもったいないですよ! まだ終電があるんで電車で帰ります! ごちそうさまでした!」と笑顔で言った。俺はなんだか晴々しい気分だった。
その日を境に、俺はギャラ飲みをスッパリやめた。俺は36歳になっていた。
(構成:キンマサタカ)