プーチン大統領は10月5日、ウクライナ4州で実施した住民投票について「透明性もあり、疑問の余地がない」と正当性を主張しました。ウクライナ侵攻の開始から、とても冷静・ロジカルとは呼べない采配をとってきたプーチン大統領。しかし、5月ごろは徐々に以前の論理的なプーチンの姿も見られるようになっていたといいます。

防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、ロシアのパレードから見えたものを解説します。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

プーチン大統領が冷静さを取り戻していた?

桜林 5月9日にロシアの「対独戦勝記念パレード」が行われました。事前に西側のメディアでは、さまざまな予想がありましたが、プーチン大統領の“戦争宣言”は行われずに終わりました。

同日、アメリカではバイデン大統領が、ウクライナへの武器供与を大統領の権限だけで迅速に行える「レンドリース法(武器貸与法)」に署名したという報道もありました。プーチン大統領は、こうしたアメリカの最新兵器がNATO諸国からウクライナへ流れていることが、ウクライナへの軍事作戦の理由のひとつである、という主旨のことを述べております。

両陣営の思惑や行動はずっと平行線のままにあるという感じがしますが……、最初に伊藤さんにお聞きします。軍事パレードをご覧になっていかがでしょうか?

▲レンドリース法に署名するバイデン大統領(2022年5月9日) 写真:The White House

伊藤(海) アメリカが反応した通り、プーチン大統領は嘘を並べ立てているという印象です。ようするに「西側が攻めて来たから、我々は防衛として戦っている」と改めてロシア国民に伝えたかったのでしょう。西側の専門家からは、プーチン大統領は演説で「戦争宣言」「戦勝宣言」「核」の3つに言及すると予測されていましたが、結局どれにも触れなかった。

私は、参謀総長のワレリー・ゲラシモフが戦場視察に行って、実際の戦況報告をプーチン大統領に報告したことが、そのような演説のトーンダウンにつながったのではないかと見ています。

桜林 現実を知った、ということでしょうか。

伊藤(海) 4月12日にプーチン大統領がウクライナ侵攻の難航を受けて連邦保安局(FSB)所属の情報員約150人を追放した、と報じられたでしょう。おそらく「FSBの情報じゃダメだ」ということになって、今回はロシア軍の参謀総長が直々に現場視察に入ることになったのだと思います。

その結果、勝利宣言などとてもできる状況ではなかったのでしょう。パレードでの目玉である「終末の日の飛行機」ことイリューシン80も天候を理由に中止にしていますが、本当は同じ理由からだったと思います。

▲モスクワ上空を飛ぶイリューシン80 写真:Leonid Faerberg (transport-photo.com)

核についても、これはどちらかというと国内向けのイベントなので、そこで“核の脅し”を使ってもあまり効果的ではない。それよりも国民の士気高揚に重点をおいたということなのでしょう。

桜林 だとすると、プーチン大統領もかなり現実が見えてきたということでしょうか。これまでは相当イリュージョンの世界でしたからね。ずっと興奮状態でおかしかったでしょ? ありえない判断ばかりしていましたが、従来の冷静なプーチン大統領に戻ってきた気がしますね。