長引くウクライナとロシアの戦い。プーチン大統領がウクライナに派遣する兵士について、予備役を部分的に動員すると発表をしたことでロシア国内は混乱しているようです。まだまだ終わりの見えないこの戦争、ウクライナに勝機はあるのだろうか。防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、「モスクワ」の名を持つ巡洋艦の沈没について語ります。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

旗艦「モスクワ」撃沈を巡る議論はナンセンス

桜林 ロシア軍によるウクライナ侵攻から数か月が経ちました。2月21日にプーチン大統領がウクライナ東部のマリウポリ制圧を宣言。4月26日に、モスクワで国連のグテーレス事務総長がプーチン大統領と会談し、マリウポリ市民の退避について合意したという発表がありました。

今後の展開として、ロシアに弱点はあるのか、ウクライナに反撃のチャンスはあるのか、というところもお伺いしたいと思います。

まずは、4月14日に「モスクワ」というロシアのミサイル巡洋艦が撃沈された一件について、お伺いしたいと思います。黒海艦隊のイーゴリ・オシポフ司令官が、その責任を問われて解任・逮捕されたというニュースも入っていますが、これはやはりロシア軍へのダメージが大きかったからなのでしょうか?

▲「モスクワ」は2発のネプチューン対艦ミサイルに被弾して火災を起こしたと言われている 写真: President.gov.ua

伊藤(海) 私はそれほどダメージがあったとは考えていません。一般の方々が、この「モスクワ」という船についてあまりご存じないのも無理はないと思うのですが、『フォーブス』(アメリカの経済誌)にまで「ウクライナ軍のバイラクタル(TB2:トルコ製造の無人戦闘航空機。遠隔操作に加えて、自律的な飛行が可能)にやられた」という記事が載っていたから、驚いてしまいました。ひと言で言うと、違うと思います(笑)。

皆さんが、この報道に注目する理由としては、この戦争で制空権奪取のキーとなるのがS-300という長距離地対空ミサイルであり、「モスクワ」がそれを大量に積んでいる防空能力の高い船だとされているからだと思います。

だから、「モスクワが撃沈されたからロシアの防空能力が落ちるぞ」などと議論されていますが、僕からすると「アホちゃうか」と言いたい話ですね(笑)。なにせ、「モスクワ」は僕が入隊した頃にできた古い船なので。

桜林 かなり年期が入っていますね。

伊藤(海) 「モスクワ」が完成したのは1982年。だから、70年代の発想に基づいた設計の船です。当時は海上自衛隊にも「ターター」というミサイル発射システムを搭載した「あまつかぜ」から始まる、「かぜクラス」(名称に「かぜ」がつく自衛隊の艦型)と呼ばれる船があって、エリートはみんなそれに乗っていました。「俺も“かぜクラス”だ」なんて言って胸を張っていたんですね。

しかし、じつは性能は大したことないんですよ。当時としては従来の船に比べて防空能力は高かったでしょうが、時代と共に戦力にならなくなり、イージス艦に取って代わられました。

「モスクワ」については、実際に写真を見ていただくとよくわかるんですが、艦橋(ブリッジ)の上部に網状のレーダーのようなものがあります。

▲ミサイル巡洋艦「モスクワ」(2012年) 写真:パブリックドメイン

これが、トップ・プレート(フレガート)という対空レーダーです。遠くから飛んで来るものを、まずこれが察知します。

ただし、この対空レーダーだけでミサイルを命中させることは不可能なので、今度は後ろ側に付いている円錐状の火器管制用レーダー(FCR)が電波を出して、対空レーダーが探知した目標方向に電波を出します。そして、その電波が目標を掴んでから、つまりロックオンして、ミサイルに情報を伝える。このFCRとミサイルのセットがS-300なのです。

まずは、大きく対空レーダーで空中目標を捉えるところから始めて、その目標をS-300に移管するということですね。そこで初めてミサイルで迎撃できる。それぞれのレーダー単体だけで相手を狙うというのは、まず無理な話なんですよ。

今回の「モスクワ」沈没時の状況を写真で見てみると、後ろ側のFCRが正規の位置である真後ろを向いたまま、全く動いていないことがわかります。

ということは、S-300のFCRが作動していない、つまりロックオンにいたるプロセスに入っていないということです。おそらくウクライナの放った巡航ミサイルを、そもそも「モスクワ」の対空レーダーが探知できなかったのでしょうね。巡航ミサイルは低い位置を飛んでくるので、あの旧式の対空レーダーでは対応できなかった。今回の沈没は、それだけの話ですよ。

黒海艦隊の司令官がクビになった本当の理由

伊藤(海) 僕は潜水艦乗りだけど、水上艦でも勤務できるTAO(戦術行動責任者)の資格を持っているので、ミサイル迎撃訓練の経験があります。こういった旧式のシステムで相手を迎撃するのは手動操作なので、かなり大変なんですよ。今回ロシア側は2発撃たれていますが、そもそも対空レーダーで探知できなければ、そこで撃たれて終わりです。

もし対空レーダーで探知したとしても、そこから短時間で探知目標をS-300の移管する、つまりロックオンして迎撃ミサイルを発射するには、かなりの訓練を積んでいないと至難の業だったと言っていい。オシポフ司令官が逮捕されましたが、そもそもロシア海軍艦艇の対空戦能力が旧式だったからですから、詰め腹を切らされたということですね。

桜林 あっけなく撃たれてしまったのが、まずかったと。

伊藤(海) その通りです。まずいことに、名前も「モスクワ」ですからね。この船は、世界に4隻しかないスラヴァ級と呼ばれるものです。ただ、実際に完成したのは3隻だけで、最後の1隻はソ連崩壊の影響で工事が中断されたまま、今もウクライナにあるんですよ。ちなみに、この艦名は「ウクライナ」というんです(笑)。

▲ウクライナのミサイル巡洋艦「ヴィーリナ・ウクライナ」 写真:Hermann1971