株式会社ビームスでPR、クリエイティブ・ディレクターなどを務め、現在は独立し、音楽、ファッション、映画、文学、美術といった文化芸術全般を活動のフィールドに活躍する青野賢一。

その青野氏が、音楽とファッションが出会い生まれたムーブメントや流行、そしてアイコニックなアーティストの姿から、現代の問題意識と通底しているトピックスをピックアップして1冊にまとめたのが『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)だ。

ジェンダー、他者の文化、レイシズムといった現代的な視点で、映画や文学にも接近しながら、音楽とファッションの相互作用を鮮やかに考察。単なる“音楽とファッションの歴史本”ではない、アクチュアルな問題意識を提示する1冊に仕上げた青野氏に、執筆のきっかけから、ご自身の音楽原体験、ポピュラー・ミュージックの求められる社会的役割まで聞いた。

会社を辞めるタイミングで執筆の依頼が

――『音楽とファッション 6つの現代的視点』、まず、この本の出版に至った経緯をお伺いできますか?

青野 編集者の萩原さんからメールをいただいたのがきっかけです。ちょうどその頃、僕が勤めていた会社を辞める手続きをおこなっていたんです。

――ということは、青野さんが会社をお辞めになるタイミングを知っていて、メールが来た……?

青野 いえいえ、それまでお会いしたこともなかったんです。本当にたまたまで。

――えー!! すごいタイミング!

青野 ですね(笑)。メールには“音楽とファッションについての本を出しませんか?”と書かれていて、そこから1年弱かかって書き上げました。

――(同席していた編集者、萩原さんに向かって)青野さんだったらこのテーマで書いてくださるだろう、みたいな勝算のようなものはあったのでしょうか?

萩原(担当編集者) いえ、メールがファーストコンタクトだったことからもわかる通り、別の媒体で書かれていた青野さんの文章に僕が一目惚れをしたのがきっかけです。あとから知ったのですが、昔、青野さんがリットーミュージックと関わって原稿を書かれていた時期もあったらしく、恥ずかしながらその事実も知らないでオファーしました。

青野 2014年くらいですかね、リットーミュージックさんがやっていたウェブマガジンで書いてたんです。ミュージシャンのファッションについての連載で、今回の本にも何本か入ってますね。

――拝見すると、音楽とファッションについての本ということで、いろいろ写真を用いて、知らない人にもわかりやすく、敷居が低い本に仕上がっているんですが、内容は当時の時代性や背景などにも言及した、読み応えのある作品だなと感じました。

青野 最初にこの話をいただいたときに、ファッションといえども、見た目だけを語るようなテキストにはしたくないなと思って。そんな文章を書いても、ビジュアルそのものには絶対に勝てないじゃないですか。そんなの面白くない。

――なるほど、そういう想いがあっての文章だったわけですね。

青野 そこで、じゃあこのテーマを言葉で伝えていくにはどうすればいいかって考えていくと、音楽なりファッションなりのムーブメントが、どのようにして発生してきたかを記す必要があるなと思ったんです。ムーブメントというのは、オーパーツみたいに突然ポンと出てくるものじゃないんです。必ず前後がある。これは音楽やファッションに限った話ではないんですけどね。

――そこだけを切り取っても見えにくいものなんですね。

青野 出来事は、その時代の空気や生活の様子、人々のメンタリティに左右されると考えています。そうしたものを含めて書くのが、自分の評論のスタイルなんです。

――たしかに。あと、この本を読んでいて感じるのは、青野さん自身がこのムーブメントのなかで、その空気を吸って生きていた、というのが伝わってくるところです。文献や映像資料を洗っているだけでは書けない、奥行きのようなものが感じられました。

青野 ありがとうございます。説得力のようなものが伝わっていればうれしいです。

アメリカ・イギリス・日本、それぞれのパンク

――執筆にあたって、気をつけたところなどはありますか?

青野 スタートが音楽とファッションについて書きませんか、というざっくりとした始まりだったので、それを1冊の本として完結させるために、どういう編集方針でやっていくかはすごく話し合いましたね。先程もその話になりましたが、歴史やトピックだけを追っていっても仕方ない、自分がやっても意味がないなと思ったので、時代に即したトピックで章立てをしてまとめていけば、2022年に読む意味があるなと感じました。

――それは非常に繊細で骨の折れる作業ですよね。出来事をただ羅列して作っていくほうが簡単なように感じますが……。

青野 そうですね。簡単な作業ではないですが、ただ過去の時代と現代がどのようにつながっているか、それは音楽とファッションというのを抜きにしても考えていかないといけないことです。この本のトピックのひとつにレイシズムがありますが、その問題を取り上げる際に、どこが一番ひどかったか、その問題に対して人々はどのようにアプローチしたか、それをうまく伝えられないと、今、現代で起こっている問題についてもちゃんと理解できないんじゃないかと感じます。

――繊細で難解な問題も、非常に丁寧に書かれているので、読み手にスッと入ってきた印象があります。あと、これは青野さんが書くから説得力があるな、と感じたのは、アメリカとイギリスのパンクロックの違い。アメリカのパンクには文学の影響があるのに対し、イギリスのパンクはアートやファッションに注力していたのではないか、と記しているところです。イギリスは階級社会だったりとか、いろいろな要因が絡んでいる、それがわかって、自分がこれまでぼんやりイメージしていたパンクミュージックについての知識が深まったと思います。と、同時に、日本のパンクロックはどこに位置するのかな、と考えました。

青野 日本のパンクロックは別物、なんじゃないですかね。当時の日本の受け止め方は、曲やファッションがカッコいい、それ以上でもそれ以下でもなかった気がします。イギリス、ロンドンなどの階級社会における労働者階級のユースカルチャーで言うと、かなり切実だと思うんです。では同じ時代の日本がどうだったかと言うと、オイルショックのあとぐらいだと思うんですが、とりたてて不況や貧富の格差が叫ばれていた時代ではない。むしろ、そのあとのバブルに向けてさまざまなことが準備されている時期だと思うんです。私も当時、レコードや雑誌、ラジオを通して知ったパンクは、流行のひとつとして捉えていました。

――多くの日本人は外側だけをなぞって受け入れていた、ということなのかもしれませんね。

青野 ただ、全てが全て、受け手は理解していなければいけない、ということではないと思います。表層だけをすくい取る、ということがポピュラーカルチャーにおいては往々にしてありますし、そうじゃないと多くの人には届かない。やっている方々は本気だったとしても、それは受け手のメンタリティにも大きく左右されると思います。