初めてのパンチパーマに大満足

翌日、俺が最初にしたのは身なりをそれらしくすることだった。

当初の俺の服装は、アニメキャラ(と言ってもヤクザのだが)のTシャツと帽子にジーンズ、どう見てもアキハバラに電子部品やアニメグッズを買いつけに来たオタクのそれで、とてもヤクザを目指そうという人間には見えなかったと思う。

俺はまず、大通り沿いにある黄色いビル、ドンキ(ドン・キホーテ)という、ウォルマートを雑に押しつぶして密にした感じのドデカい雑貨店に行った。

事前情報で、ドンキはアメリカ人向けのファッションが多いという話は聞いていたが、俺たちアメリカ人というよりむしろ不良に好まれるものが多いと感じた。しかし、これはあとで知ったことだが、日本では一部の不良のことを「ヤンキー」と呼ぶのだ。特に農村部や地方都市に多く生息するらしいのだが、不良を極めに来た、つまりゴクドー(極道)を目指す俺としては、ヤンキーと呼ばれることに抵抗はないが、一般のアメリカ市民にとってはあまり愉快な話ではないだろう。

もっとも近頃は、ひと口に不良と言っても「お兄系」とか「ヤンチャ系」とか細分化されているようで、初めて「オラオラ系」という言葉を聞いたときは、オレオレ詐欺の東北弁バージョンのことかと思ってしまった。

すまない、話が横道に逸れた。

結論から言うと、さすがにドンキは日本全国のヤンキーの支持を集めているというだけあって、俺はかなりのアイテムをそこで手に入れることができた。しかも安価でだ。刺青を思わせる和柄のジャージやパーカーをはじめ、上が前方に出て傾斜したメタルフレームのサングラスにエナメルの靴なども揃えた。

なかでも気に入ったのが、ヒョウ柄の上下にヒョウ柄のマフラーを合わせるというコーディネイトで、これはのちにYouTubeで世界的に有名になったピコ太郎のPPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)に影響を与えたのではないかと言われているが、直接本人から聞いたわけではないので本当かどうかはわからない。

服装の準備ができたら、次はいよいよ髪型だが、これはもうアメリカを発つ前から決めていた。「パンチ」の一択である。

パンチとはパンチパーマの略称で、1970年代に北九州で生まれた、短髪に強いカールをかけたパーマのことである。

汗をかいても帽子やヘルメットをかぶっても型くずれしにくいため、当初はプロ野球をはじめプロレスやボクシング、空手などの格闘系、あるいは建設業界などでかなり人気があったが、喧嘩の際に髪の毛を掴まれにくいなどの理由により暴力団関係者の間で広まったことから、徐々に一般人から敬遠され始め、俺が日本に来たときにはすでにパンチ=危険な人というイメージが世間に定着していた。しかし、そうとは言え俺にとっては、だからこそのパンチなのだ。

バーバー(理髪店)を求めて新宿の街を歩き回っているうちに、理髪店の目印である赤白青の縞模様が回る電気仕掛けのサインポールが見つかった。

店のソファでタバコを吸いながら、暇そうに新聞を広げていた初老のマスターは、入って来た俺を見て一瞬ギョッとしたような顔をしたが、すぐにソファから立ち上がって俺を鏡の前の椅子に案内した。

「今日はどんな感じで?」

俺は日本語で答えた。

「パンチパーマお願いします」

「え?」と言ったきりマスターが固まった。

「パンチパーマ……?」

「はい、パンチパーマお願いします」

「あんた、わかってんの? パンチパーマがどんなだか」

「はい、わかっています」

「じゃあ、長さは?」

「長さ……?」

パンチはパンチで長さもへったくれもないと思っていた俺は、軽くパニクった。

「あのねえ」マスターが言った。

「パンチっつっても、巻き方の違いで長いのと短いのがあるの。アンダースタンド?」

『仁義なき戦い』の松方弘樹の髪型に憧れていたので、俺は短めのパンチをオーダーした。

「オッケー、オッケー。じゃあ、ニグロパンチでいいのね」

俺は思わず前に身を乗り出し「What?(なんだって)」と聞き返した。

「オトウサン、いま、あなたニグロ言いましたね」

「ニグロ? 言ったけど? チリチリパーマのことね……」

「ノー、ノーノー! ニグロ、だめ!」

俺は鏡越しに、立てた人差し指をマスターに向けて横に振った。

「だって短いほうがいいんでしょ」

不満顔のマスターに、「ニグロ」という言葉は黒人に対する差別に当たるので使ってはいけないことを、知る限りの日本語を使って説明した。

後年、あんたらが勝手に作り上げた「伝説」とやらのおかげで、血も涙もない冷酷非道な男というイメージが世間では定着しているようだが、本来の俺はアメリカ合衆国第44代大統領、バラク・オバマを愛する民主党支持のリベラリストなのだ。

俺の説得を受け、マスターは二度と「ニグロ」という言葉は使わないこと、そして店のメニューからもその名称を消すことを約束してくれ、それ以来、その店では巻きが細めのパーマのことを、俺の名前をとって「トミーパーマ」と呼ぶようになったらしいのだが、これ以上言うと自慢になるのでこのへんでやめておこう。

理髪店からの帰り道、俺は自分の頭に何度も手をやって、その、固さの中にふわっとした弾力がある、なんとも言えない感触を楽しんだ。ヒューイが飼っていた年寄りのプードルの背中を撫でているような感じもしないではなかったが、これでまた一歩ヤクザに近づけたかと思うと、自然と顔がほころんだ。

ホテルの部屋に戻ると俺はすぐに鏡を見た。

「オー……マイ……ゴッド……!」

5000円の出費は痛かったが、マスターがサービスで入れてくれた額の剃(そ)りこみと極細眉毛カットが巻き立てのパンチパーマと相まって、イカツさに拍車をかけている。欲を言えば、髪の色も黒く染めたかったのだが、黒髪をわざわざ金髪に染めにくるヤツもいるんだから、地毛を生かしたほうがいいんじゃないかというマスターの助言に従った。

それでもやっぱり金髪のパンチは、いま一つチャラいというのか、ヤクザというよりヤンキーに近い感じがした。まあ、俺はもともと天然物のヤンキーなのだから仕方がないのかもしれない、などと考えていたらだんだん頭が混乱してきた。