先日、ロシアのプーチン大統領による年末恒例の大規模記者会見が、2022年は開かれないことが報道された。プーチン大統領が毎年12月に開く大規模記者会見は、年末の恒例行事で、国内外のメディアが一堂に会し、プーチン大統領に直接質問できる機会となっているが、ロシアのウクライナ侵略が想定通りに進んでおらず、プーチン政権への批判を避ける意図があるとみられている。このように、ロシアによるウクライナ侵攻は年をまたぐことが確実である。
2022年を振り返ると、2022年5月の対ナチス・ドイツ戦勝記念の軍事パレードでは、核戦争に備えてつくられたというロシアの空中指揮機「イリューシンIL80」が飛行しなかった。「イリューシンIL80」は、その使用目的から“終末の日の飛行機”と言われるが、プーチン大統領の核の使用について、どれぐらいの可能性があるのか、世界はどのようにプーチン大統領の核による脅しに対抗していくことができるのか。
防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルたちが、プーチンの核使用の可能性について解説します。
※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 究極のブリーフィング-宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
プーチン大統領の戦争目的の今を見ると・・・
桜林美佐(以下、桜林) プーチン大統領のエンドステート(望ましい終結状態・国家目標)、戦争目的について確認をしておきたいと思います。
小川清史元陸将(以下、小川(陸)) プーチン大統領の戦争目的が「ウクライナ東部のドネツク州及びルハンスク州のロシア系の人民を守ること」なので、ハルキウ正面は、直接は関係ないんですね。
確かに、ハルキウを抑えておいて、ウクライナが攻めてきたときに側面から脅威を与え、ルハンスク正面の攻撃をしにくくするということはありえます。しかし、ハルキウに余分な兵力を割(さ)くよりは、必要なところ、戦争目的に軍事目標を一致させていくほうがいい。今は、ロシアは非常に落ち着いてきていて、引くところは引いてきていると思います。
桜林 冷静なる判断で、ということですね。
小川(陸) 目的以上のことをしても意味がない。クラウゼヴィッツ〔19世紀プロイセン王国の軍事学者。軍事戦略論の古典的名著として知られる『戦争論』の著者〕の言うように、戦争は政治の延長ですから、軍事は政治に従属します。政治目的を達成するために、必要なことに限定して軍事を使うのが最も効果的です。
近い将来、兵力不足が懸念されるプーチン大統領は、最短距離で必要なことをやっていくことが欠かせないでしょう。今は政治目的から軍事的目標に変換したエンドステートに向かって、特別軍事作戦をしていると思います。
桜林 2022年5月9日にモスクワで行われた、対ナチス・ドイツ戦勝記念の軍事パレードでは、目玉イベントとして注目を集めていたイリューシンの飛行デモンストレーションが、天候不良を理由に中止になりました。イリューシンは、IL80という品番の旅客機を改造した飛行機で、地上から司令できなくなる核戦争を見越して、大統領や軍事指導者が搭乗して空中から指揮するためにつくられたとされています。
そのため“終末の日の飛行機”などとも呼ばれているわけですが、その飛行機がパレードで飛ばなかったということを踏まえ、今後プーチン大統領の核の使用についてはどれぐらいの可能性があるのか、また世界はどのようにプーチン大統領の核による脅しに対抗していくことができるのか、というお話を伺いたいと思います。
伊藤俊幸元海将(以下、伊藤(海)) 5月9日のパレードは、独ソ戦勝利記念の意味合いですから、プーチン大統領が核について触れなかったというのは、それはそれでアリだったということでしょう。私はまだまだ脅してくると思います。核は“最後の砦”ですからね。
「通常兵器を用いたロシアへの侵略によって、国家が存立の危機に瀕したとき」には使うという、核使用の条件を明記した核ドクトリン(基本原則)を、ロシアは公表(2020年6月「核抑止の分野における基本政策」)しているわけですから、残念ながら核使用の可能性はあるのでしょう。
小野田治元空将(以下、小野田(空)) 核兵器使用の蓋然性というのは、まったく変わっていません。ロシアの形勢が不利になればなるほど、その蓋然性は高くなると見ています。重要なのは「ここで言っている核兵器って何?」ということです。よく「戦術核」などと言われていますが、それは何かということです。
ロシアはいろいろな核弾頭を持っていますが、一番小さい核は、広島型の10分の1あるいは15分の1の爆発量です。広島型は16キロトン(kiloton)などと言われています。こうした小規模の爆発力のものだと、使う際のハードルは非常に低くて済む。使用後の、いわゆる黒い雨や放射能霧などの問題はあるにせよ、ロシアが核兵器を使うハードルは高くはないのだ、ということをよく認識して対処しなければいけません。
この観点からロシアの核兵器を抑止するのは難しくて、アメリカのなかでも議論が分かれています。じつはアメリカは、この状況に対処しうる同等なもの、つまりロシアの一番小さい核と同じ規模の爆発力の核弾頭を持っていないのです。爆発力の大きい核弾頭しか持っていないんですね。
はたして、大きい核弾頭で小さい核弾頭の使用を抑止できるのか。それを使おうとすれば、エスカレーションが始まることになります。アメリカが大きいものを使えば、ロシアも、より大きいものを使おうということになります。それを踏まえてバイデン大統領は「第三次世界大戦を起こしてはいけない」ということを言っているわけですね。
したがって、アメリカでは「ロシアが持っているような小さな核弾頭を我々も早く持たなければいけない」という議論が、議会のなかにも多くあるのです。