新型コロナウイルスはこれまでの生活スタイルをまるごと大きく変えてしまいました。

遊びや観光はもちろん通勤・通学までもがストップしてしまったことにより、電車はいつもは通勤ラッシュで満員の朝でさえ、ガラガラという有様。このような状況は、東急という企業をどのように苦しめたのでしょうか。

コロナ禍に東急の常務役員に就任した東浦亮典氏が、好調から一気に奈落へと突き飛ばされた当時の東急を振り返ります。

※本記事は、東浦亮典:著『東急百年 - 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ -』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

終電時間の前倒し営業をしても、電車はガラガラ

Covidー19という得体の知れないウィルスが初めて世界を驚かせたのは、2019年の暮れのことでした。かつてSARSやMERSなどのウィルス性感染症が中国やアジア諸国などで急拡大し、メディアなどで大きく騒がれましたが、幸いなことに、その時は日本では大流行しなかったため、今回も対岸の火事かと思っていましたが、あっという間に世界中に飛び火し、ご承知の通り日本経済も大混乱に陥りました。

もちろん社内でも国内外の感染情報には最大限の注意を払っていたわけですが、情報を収集している間にも現場での感染事例報告が次々とあがってきて、どうしても対応が後手後手になっていました。

各事業、各施設は日に日に営業不振に陥っていくわけですが、社内で最もショッキングだったのは、着実に日銭を稼いでいた鉄道事業が甚大な影響を受けたことです。あの満員電車が一気にスカスカになってしまった光景を見た時は、文字通り言葉を失いました。

▲満員電車が一気にスカスカに 出典:TOKO / PIXTA

これまでにも多くの「危機的状況」はありました。この15年だと「リーマンショック」や「東日本大震災」があり、大きな被害や事業上のダメージを受けましたが、すべての事業分野が影響を受けたわけではなく、「壊滅的」という表現ではなかったと思います。

しかし、東急はもちろん、運輸業界では全国のJRをはじめ、東京メトロ、大手私鉄、地方の中小鉄道事業者、バス事業者、航空業などは、急激な需要減に見舞われました。

国全体で「不要不急の外出を控える」ことが求められたわけですから、その影響は甚大です。遊びや観光だけでなく、通勤、通学も制限されたので、鉄道会社の収入のベースとなる定期券は払い戻しが相次ぎます。

事業規模の大きいJR各社では赤字額が1000億円を超えるなど、死活問題ともいえる緊急事態に陥りました。テレビに映されるのは、閑散(かんさん)とした空港や新幹線の駅。東急は「多少でもお客様が乗っているだけでもまだマシか」と思えるほどでした。

コロナ禍前までは「混雑緩和」が至上命題で、東急も多額の設備投資や経費をそのために振り向けていたのが噓のように、運転間隔をあけ、終電時間の前倒し営業をしても、電車はガラガラ状態で運行する有様でした。

「こんな状態がいつまで続くのだろうか」

月日が過ぎても一向に終息する気配のない感染症。感染者増加のニュースが流れるたび、暗澹たる気分に陥ったものです。

鉄道の次は箱物に影響が

影響はもちろん鉄道やバスといった交通事業に留まりません。通勤という行為自体が制限され、各企業が急速に在宅勤務やリモート会議を推奨するようになりました。

これは渋谷を中心に大量のオフィス供給をしているビル運用事業者として、とても深刻な問題です。

人々は買い物や遊びに出掛けなくなりました。Eコマースでショッピングを代用するようになり、配信系の有料チャンネルでエンターテインメントを代替するようになり、商業施設や劇場やシネマコンプレックスを運営するエンターテインメント施設は開店休業状態に。さらに、旅行や出張が厳しく制限されたので、ビジネスや観光客を当て込んでいたホテルは閑古鳥です。

ビル運用事業の担当者は、売上がたたずに賃料支払いに困っているテナントとの支払い猶予や賃料減額交渉に忙殺されました。エンターテインメント施設やホテルでも、業務委託業者との契約を見直したり、スタッフを当面自宅待機させたりと経済的・人的ダメージが広がりました。

私鉄のビジネスモデルは時間をかけて完成されたスタイルでしたが、極端に言えばコロナウィルスによって一夜にして瓦解の危機に瀕します。その結果、非常に悔しいことに2020年度の連結決算は300億円規模の赤字計上を余儀なくされました。

これから1000億円の営業利益を目指そうと意気込んでいたわけですから、絶好調からの地獄への転落に等しい急降下です。

その時の中期経営計画の基本方針が「Make the Sustainable Growth」、つまり「持続的な成長を目指そう」というのも、なんとも皮肉でした。

前著『私鉄3.0』を上梓した頃、東急全体で鉄道は年間約11億人超の乗降人員があり、混雑対策が喫緊の課題であったくらい混雑していましたし、ビルをつくれば引く手あまたでテナントが埋まり、オフィス賃料水準が一時都心を超えたとニュースで話題になったこともありました。全国的な人口減少時代にあっても、沿線人口も順調に増えていましたので、まさにこの世の春を謳歌していたといえました。

2019年の渋谷スクランブルスクエアが開業する直前には、会社全体に大きな高揚感があったと記憶しています。「100年に一度」の渋谷の再開発という大きなニュースはもちろん、会社内外での上昇気流が私たちを浮かれさせていたのでしょう。

▲若者の街・渋谷にそびえ立つスクランブルスクエア 出典:Ryuji / PIXTA