2022年6月にロシア軍がクレメンチュクのショッピングセンター爆撃に使ったのは、KH-22という長射程空対艦ミサイルだと言われる。なぜロシアは軍艦用の対艦ミサイルを武器庫の攻撃用に使ったのか? 評論家の江崎道朗氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、ロシア軍の内情を分析します。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 究極のブリーフィング-宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

ショッピングセンター攻撃の背景に見えるもの

江崎 2022年6月27日にロシア軍が行った、ウクライナ中部にあるポルタワ州クレメンチュクのショッピングセンターに対する攻撃は大きな話題になりました。18人が死亡したこのロシアの民間人攻撃については、翌日には国連安保理で緊急会合が開かれています。攻撃には対艦ミサイルが使われたという話もありました。

伊藤(海) 国連安保理の緊急会合は、ある意味ではまさにゼレンスキーが主導して開いた会合でした。ポルタワ州はキーウのすぐ横の州です。これまでドンバス地域でずっとやってきていたのが、いきなりここに飛び火した。それも民間の施設に、ですね。これには、やはりゼレンスキー大統領もかなりの危機感を覚えたんじゃないでしょうか。それで、ゼレンスキー大統領が国連にお願いして、国連も行動した。

江崎 東部方面に兵力集中していたのに、いきなり再びキーウ方面に攻撃を仕掛けたロシア側の意図はなんでしょうか?

伊藤(海) いろいろ手を出していますよね。キーウにもときどき撃つし、港も撃つ。東部方面が中心なのだけれども、それ以外のところにも波及して撃っていました。

江崎 ウクライナ軍が東部方面に集中できないように撹乱している、という話でしょうか?

▲爆撃で炎上しているショッピングセンター(2022年) 写真:Dsns.gov.ua / Wikimedia Commons

小野田(空) これはアメリカの作戦でいうと、後方補給拠点などを叩くInterdiction(阻止作戦)ということになるでしょう。

在英のロシア大使館は「6月27日、ロシア航空宇宙軍はクレメンチュク道路機械工場にある米国、及び欧州諸国が納入した武器弾薬の格納庫に対して高精度な空爆を行った」と発表しました。

そして「この攻撃によって、ドンバスのウクライナ軍に運搬されようとしていた西側諸国製の武器弾薬が無力化された」としたうえで、「西側諸国製の軍需品が大爆発を起こしたため、格納庫に隣接していたショッピングセンターで火災が発生した」と言っています。これがロシアのナラティブ(narrative:話術)です。

ロシアは「西側がウクライナに運び込んだ兵器を破壊しようとしていたんだ」と主張している。まさに阻止作戦なのだということです。散発的にウクライナ西部地域に巡航ミサイルが飛んでくるというのは、基本的に輸送路か保管場所を狙っている、ということなんですね。

ただ一方で、アメリカの国防省が7月1日に「ロシアはほとんど成果をあげていない」と発表していました。本当か嘘かはわかりません。実際のところは損害が出ているかもしれないけれど、アメリカもイギリスも「撃破されていない」と言っている。このあたりは情報戦の様相も呈しています。

伊藤(海) ロシアがそう言っているだけであって、クレメンチュクに本当に西側のルートがあって物資が集結していたかというと、それはないと私は思います。ロシアはそこまでウクライナ領内に入れていません。どうやってそんな情報を収集しているのか、という話です。ロシアは必死なんだろうなと思いますね。

どちらかというと脅しというか、いろんな場所を攻撃して「これ以上抵抗しても無駄だぞ!」とゼレンスキー大統領に訴えている。それに対し、ゼレンスキー大統領がブチギレる、という流れにしか私には見えませんでした。

情報戦で国際世論を味方につける

小川(陸) ソ連時代から続く陸軍戦闘のドクトリン(原則)からすると、全縦深同時打撃〔敵の防衛線だけでなく後方の予備兵力や補給部隊も攻撃すること〕を常に考えるはずです。正確性にはかなり欠けるにしても、常に後方に対して打撃をする。そうした攻撃を、それぞれの任務を持った部隊がそれぞれにやっているにすぎないのかもしれません。

江崎 ショッピングセンターへの攻撃というのも、ロシア側のストーリーと、アメリカ・ウクライナの言い分が違っていて、どちらも自国に都合のいい情報を拡散しているように見えます。やはり戦争というのは、情報戦なんですね。だとすると「真の事実はこうなんだ」ということをきちんと公開・拡散したほうが、国際世論を味方につけることになるわけですよね。

伊藤(海) そうですね。まさにウクライナはそれを懸命にやっています。

小野田(空) ウクライナは地図を出して、施設の周辺状況を解説しています。一方、ロシアも地図を出して「我々が狙ったのはここだと、ここに武器の保管庫があったんだ」と主張していました。

伊藤(海) でも、撃ったミサイルは対艦ミサイルだった。「どうして対艦ミサイルで地上の武器庫を撃つんだ?」という話になるでしょう。

江崎 言われてみれば、そうですよね。

伊藤(海) どう考えても論理矛盾なんですよ。明らかに「なんでもいいから撃っておけ」という行動にしか見えない。

江崎 とにかく牽制みたいな意味合いのほうが強くて、実際に武器庫内にあるはずの大量の兵器を狙ったとはとても思えない、ということですね。

伊藤(海) 思えませんね。対艦ミサイルは、発射後に弾頭部にあるレーダーの目が開き、捜索を開始し、探知した一番大きな目標に向かって飛んでいくミサイルです。地上だったら、それは当然大きな目標であるショッピングセンターに飛んで行きますよ。

対艦ミサイルは、海上という基本的に何もない場所に存在する水上艦艇を攻撃するミサイルですから、近傍にビルや家などが存在する地上で、大きさが他と大差のない武器庫や兵器工場を狙って対艦ミサイルを使っても命中するわけがない。そもそも軍事常識として、地上でピンポイントに狙うときに対艦ミサイルを使うことは絶対にありえません。

▲中距離爆撃機Tu-22M2に搭載されたKH-22(1984年) 写真:Victor12 / Wikimedia Commons

小野田(空) ただ、弾頭は大きかった。1トンです。KH-22という長射程空対艦ミサイルにほぼ間違いないだろうと言われています。

伊藤(海) そもそも米海軍の空母をふっ飛ばすためのものですから。

小野田(空) 爆発力はすごい。ミサイルが落ちてくる映像が出ていましたけれども、非常に大型のミサイルだった。