全責任は社長の俺が取るって言ってんだろうが!!
それは、まるで想像していない言葉だった。いや、ぼくでなくても誰がこんな突飛すぎることを予測できるというのか。
ぼくは、プロレスの練習を始めてまだ5日だ。しかも、そのほとんどが基礎体力トレーニングであって、技の一つも習っていない。ルールさえ、3カウントとギブアップで勝ちになるのを知っている程度だ。
これが、プロレスラーになりたければ無理だとわかっていてもやってみようという気になっただろうけれど、自分はそんなんじゃないんだ。口ごたえしたら怒られるのを承知で、ぼくは言った。
「無理です! ぼくにはできません!!」
思わず大声で叫んでしまったため、離れて練習をしていた先輩たちがいっせいにこっちを向いた。運命さんがそちらをひとにらみすると、みんなあせったようにトレーニングを再開する。
「ねえ、本人も無理だって言ってるでしょ。いくらアンドレが体に恵まれているからって、何も知らないんじゃやらせられないよ。それにこいつ、昨日からの営業でほとんど寝てないんだよ。もしものことがあったら…タスケ、考え直した方がいいって! 練習生なら、もうひとり井之上がいるだろ」
テッドさんの言葉は助け舟ではなく、本当にケガでもしたら会社として責任を負えないという強い反対意見だった。ぼくは、またタスケさんが「大丈夫大丈夫、体がデカいんだから、いいんじゃない?」と軽いノリで決めたのかと思ったが、顔を見るとまったくそんな様子ではなかった。
「体力に関しては、アンドレの練習を見ていてまだ数はこなせていないがある程度のレベルまではいっていると、俺は確信している。何より、受け身がいい筋していた。おそらく勘がいいんだろう。技なんて、なくていい。
いいかアンドレ、今日の試合…おまえは相手とケンカするつもりでやれ。プロレスをやろうなんて思うな。だから、技がないことは気にしなくていい。ビンタと蹴りだけ出していけばOKだ。その代わり、身長を生かせ。自分がデカく見られることを意識しろ。勝ち負けも関係ない」
ぼくは返す言葉が思いつかなかった。勝っても負けてもいいという以前に、勝てっこない。相手が誰であっても大人であり、こっちは小学生なんだから。
それに、デカく見られるのを意識しろってなんだ? そんなのは、今まで考えたこともない。絶句するぼくから視線を外したタスケさんは、運命さんとテッドさんに言葉を続けた。
「このさいだからはっきり言うと、ウチの客足は落ちている。みんな、いい試合をやっているとは思うけど、それだけじゃ注目されない。もっと話題になることをやらないとマスコミだってとりあげないだろ!
190cm近い新人が、ウチみたいに小さい選手が中心の団体でデビューしたと聞いたら、東北のファンは喜んでくれるし、専門誌も東京から取材しにすっ飛んでくるぞ。雑誌だって、こういうニュースはほしいだろうからな。俺は、ほかの連中にはないアンドレのポテンシャルに懸けてみたいんだよ」
ぼくは、他人事のような感覚でタスケさんの熱弁を聞いていた。これが自分の話だなんて、到底思えない。
「プロレスラーにとってもっとも重要なのは、いかにお金を払って来た客を喜ばせるかだ」
そういう姿勢を持つタスケさんならではの発想…これがぼく以外の人のことだったら、すんなりと納得できる。だけど、自分だと話は違うよ。
「全責任は社長の俺が取るって言ってんだろうが!!」
ずっと押し黙る運命さんとテッドさんに、とうとうタスケさんが声を荒げた。それを聞いたら、ぼく自身も無理ですとは言えなくなってしまった。
「……わかりました。アンドレ、覚悟を決めろ。社長の言う通り、勝敗は気にせず相手に向かっていけばそれでいい。ただし、受け身だけは頭だけでなく体で意識しろ。投げられたら、教わった通りに対処するんだ」
運命さんが、ゆっくりと噛み砕くように言った。まさか自分の人生において、小学6年生の時点で覚悟を決めなければならなくなるなんて…そうだ、相手はどの先輩なのか。
「す、すいません! ぼくは誰と試合するんでしょうか?」
運命さんは、ぼくの質問には答えず「おーい、来てくれ」と遠くへ向かって呼びかけた。まさか…その人は一番お世話になり、親身になってくれているからこそ、もっとも闘いたくない先輩だった。
「万念、日向の代わりにアンドレをデビューさせる。相手を務めるはずだったおまえが、アンドレとやるんだ」」