米国州政府のネットワークをハッキングした「APT41」、韓国の公共機関のウェブサイトを攻撃した「暁騎営(シャオチーイン)」など、中国のハッカー集団が外国企業や政府機関を攻撃したというニュースに触れる機会が近年多くなってきた。日本随一の中国ウォッチャーとして知られる宮崎正弘氏が、世界一とも言われる中国のハッカー部隊について語る。

※本記事は、宮崎正弘:著『ステルス・ドラゴンの正体 - 習近平、世界制覇の野望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

アジア各国でも活動している中国の工作員

海外に派遣される、あるいは現地でリクルートされる中国のスパイは、国家安全部・公安部・統一戦線工作部・人民解放軍が介在し、戦術は近年洗練され、高等なやり口が顕著になった。

ヒューマンタッチではなく、IT技術に優れた若者はネットを巧妙に操り、敵対的な国の機密情報にリモートでアクセスするという「サイバースパイ」として活動している。

ハッカー部隊の規模も中国が世界一だ。海外派出所も増殖し、世界数十都市に拠点を構築していた。海外派出所は、むしろ海外における中国人監視を任務として、海外華僑の拠点が重複する。そして党の統一戦線部につながっている。

2021年1月、インドネシアの漁師が水中ドローンを発見。中国はインドネシア海域で海底調査を行っていた。同年、中国のハッカーはインドネシアの主要な諜報機関であるインドネシア国家情報局のコンピュータを含む、少なくとも10のインドネシア政府省庁の内部ネットワークに侵入した。

2022年7月、インドネシア海軍は3人の外国人を含む6人のスパイ容疑者を逮捕した。うち2人がマレーシア出身で、1人が中国人だった。北セバティック島で機密の海軍基地の写真を所持していたのだ。

シンガポールでは、2017年にリー・クアンユー公共政策大学院の黄靖が国外追放となった。その翌年、シンガポールの医療データが中国のハッカーよってハッキングされた。

韓国ではAPT10〔中国軍ダミーのハッカー部隊。「APT」とは、長期間にわたりターゲットを分析して攻撃する緻密なハッキング手法を指し、世界のセキュリティ業界では、組織不明のハッカー組織にAPT6.7.8など、数字の名前を付ける〕は、韓国外務省や防空ミサイルTHAADの配備に関する情報のハッキングを試みた。中国はサムスン電子やSKハイニックスなどの韓国のテクノロジー企業に対しても、経済スパイ活動を行っていた。

▲防空ミサイルTHAAD 写真:U.S. Department of Defense / Wikimedia Commons

スリランカでは、中国人労働者がインドを標的とした監視任務のため潜入していた。2019年5月、スリランカ当局は、インドとアメリカの機関による復活祭の爆破事件の調査を妨害しようとした疑いで、中国の工作員として行動していた元軍事情報長官を逮捕した。

EU加盟国の政府システムからデータ流出

ヨーロッパでも中国スパイの暗躍ぶりは凄まじい。

人民解放軍戦略支援部隊のハッカーが、EU(欧州連合)の通信に使用するコアネットワークを侵害し、何千もの機密文書と外交ケーブルの盗難を可能にしていた。

欧州対外行動局が発表した2019年のレポートによると、EU本部のあるブリュッセルで活動している中国スパイは推定250人とされた。2008年、ベルギーの法務大臣は、中国政府がベルギー政府に対する電子スパイ活動を行っていると非難し、外務大臣は法務省のシステムが中国のエージェントによってハッキングされたとベルギー連邦議会に報告している。

フランスでは中国のスパイと疑われる事件が数件発生している。何千人もの企業や政府関係者を標的にしていた。とくに2018年12月、中国スパイがエアバスの機密を標的としていたことがわかった。

モリオ・ド・リル提督は、フランスの海上配備型核抑止力を担当する戦略海洋軍参謀本部があるブレストで、中国人女性とフランス軍人のあいだで多数の結婚が発生している事実を警告した。

中国のハッカーは、EU加盟国のすべてで首相官邸や経済技術省、教育研究省などのコンピュータにスパイウェアを使用していた。「トロイの木馬」ウイルスが政府システムに挿入され、膨大なデータが人民解放軍の指示により、韓国経由で広州・蘭州・北京に流出していた。

中国の経済スパイ活動により、ドイツは年間200億から500億ユーロの損失を被ったとされる。とくに大企業ほどの強力なセキュリティ体制を持たない中小規模の企業が標的とされた。エアバスと鉄鋼メーカーのティッセンクルップが中国のハッカーに攻撃された。

ドイツの政治家や政府高官に関する情報を収集する任務を帯びた中国のハッカーは、バイエルやBASF、シーメンスなどをハッカー攻撃した。

フィンランド政府は、中国のハッキンググループAPT31がフィンランド議会のハッキングに関与したとした。

2009年5月、ポーランドの軍事情報サービスの暗号士官、ステファン・ジェロンカが行方不明になった。彼は北大西洋条約機構(NATO)の暗号情報を提供した疑いがあった。ジェロンカの遺体は、後にヴィスワ川から回収された。亡命を試みていたのか、自殺したのかは不明のままである。ポーランドでは同様の中国人スパイ事件が頻発した。