あきらめる、という言葉にネガティブな印象を持つ人は多いかもしれません。あきらめたら負け……。しかし、あきらめることは逃げることではありません。それどころか目の前にある現実を直視し、人生を前向きに生きるために欠かせないマインドリセット法なのだと、精神科医の藤野智哉氏は言います。

※本記事は、藤野智哉:著『あきらめると、うまくいく』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

「できないことはできない」を受け入れる

「あきらめる」と聞くと、心理的抵抗を感じる方が多いのはなぜでしょう。夢を追いかけることをやめたり、途中で投げ出したりなど、マイナスなイメージで使われることが多いからでしょうか。しかし最近広く知られるようになったことですが、仏教では「あきらめる」と「明らかにする」は同じ語源だと言われています。

私は皆さんにあきらめることを強く推奨したいと思います。「あきらめる」という言葉は、いったいどんな意味を持っているのでしょう。

あきらめる。

それはあるがままを受け入れるということです。あなたが何か大きな失敗をしたとします。あるいは仕事を抱えすぎて心がパンクしそうになったとします。あなたは最初に、いったい自分のどこに原因があったのかを明らかにする必要があります。

もしあなたのキャパシティーを超えてしまっていたのだったら、その事実を正面から受け入れて理解することです。

「できないことはできない」と知ることはとても大事なのです。

▲「できないことはできない」を受け入れる イメージ:PIXTA

たとえば、かけっこが遅い人に、運動会だから速く走れと言っても無理でしょう。トレーニング次第で多少の改善はするでしょうが、「走る」「ジャンプする」などの基本的な動作・運動能力は先天的な要素が大きく関係するからです。

できないものはできない。あきらめるというとすごく残酷なイメージがあるかもしれませんが、できないことはできないと認めた上で、違う方策を考えることが重要です。覚えることが苦手なら、その場でメモをすればいいわけです。記憶することをあきらめたからこそ、次のステップに進めるのです。

自分にとって「余計なもの」を捨てる

できないことはできないと知る。それはとても大事なことです。

がっかりすることはみんなイヤですよね。期待してその結果に応えてくれないと、自分の思い通りにならないことにイライラしてしまうでしょう。

思い通りにならない。それは「自分の基準」で考えているからこそ起こる感情です。私たちがイライラするのは、自分の都合通りにならないときです。

会社に入ったばかりの後輩に仕事のミッションを課して、3回に1回うまくいくとします。「1/3しか成功しない」とイライラする人がいたとしたら、それはナンセンスです。

経験が浅いのに3回に1回もできているのだから、「すごい」と褒めてあげればいいのです。それは子育てでも同様のことがいえます。「この子は1/3しかできない子だ」と残念がるのではなく、「1/3もできる子」だと明らかにして、理解することが大事なのです。

人はそれぞれ違います。自分と同じ人間はいません。前向きにあきらめることが大事なのです。

漢字で書くと「諦める」。この「諦」という字自体には悪い意味はひとつもないそうです。あきらめる、という言葉は余計なものを捨てるといった意味を持っていると私は感じています。

目的のためにいらないものは捨てる。自分が生きていくために目的とすることは何か。

▲自分にとって「余計なもの」を捨てる イメージ:PIXTA

幸せな人生を送りたいなら、どうしたら幸せになれるのか考えてください。あなたの考える幸せが「いつか南国に移住したい」だったらお金がいりますよね。つまりあなたの考える幸せな人生のために、お金が必要だということです。

そのためには、残業なしで適当に働く、という選択肢をあきらめる必要が出てくるでしょう。あきらめた瞬間に違う案が出てくるはずです。

私を例にとると、論文の締め切りが迫っているのにどうしても執筆が終わらないとします。この原稿を落としたら、学会での信用がなくなるかもしれません。私の場合は医者という本業がありますので、すぐにごはんが食べられなくなる心配はありませんが、人様に迷惑をかけたり、信頼をなくすことは極力避けたいと考えます。

そのとき、私に必要なのはあきらめることです。

時間がなくてひとりで論文を書くのが無理だとしたら、誰かに協力を仰いで、共著という形にして労力を半分に減らすのです。

それによって私ひとりの名声(と言っていいかはわかりませんが)は半分になりましたが、信用を失うという最悪の事態を回避できたわけです。