BLは女性の社会的地位とリンクしている

――古典文学のなかで、大塚さんが一番純愛だと思う男性同士の愛が描かれた作品を教えてください。

大塚 昨年出版した『くそじじいとくそばばあの日本史 長生きは成功のもと』(ポプラ新書)でも紹介したんですけど、井原西鶴の『男色大鏡』に登場する、63歳と66歳のおじいちゃん同士のカップルの話ですね。これは純愛だと思います。この二人は現代で言う男性同性愛者同士で、10代の頃からお互い相手一筋なんです。晩年は小型犬を飼いながら一緒に住んでいて、ほっこりする関係だなと。

――これまでも『本当はエロかった昔の日本』『女系図でみる驚きの日本史』など、さまざまな切り口で古典文学を読み解いていますが、そういった切り口はどのように見つけるのでしょうか。

大塚 読んでいくうちに、これは現代でいう「〇〇なんじゃないか?」と気がつくことが多いです。現代の価値観をもって古典文学を読んでいるので、これは「もしかしたらBLなんじゃないか」と。ネーミングがされていなかっただけで、歴史や古典文学にも現代と同じようなことが起きているんです。だから、あくまで“現代の私という目線”から読み解くようにしています。

――普通の小説のように楽しんでいいと。

大塚 そうですね。無理に原文を読まなくてもいいと思うし、最初は漫画化されたものを読んでもいいと思います。舞台とかドラマから入って、古典文学に興味をもつのもいいんじゃないでしょうか。

――古典文学にも「匂わせ」と思われる行動がある、というのが興味深かったです。それも現代の価値観をもって読んでいるからこその発見ですね。

大塚 「匂わせ」という言葉がなかっただけで、いつの時代も同じような行動はありますね。SNSやメールなども平安中期だったら和歌に相当するし、人間の行動はそこまで変わってないんですよ。

ほかの例でいうと、『源氏物語』には六条御息所が即レスと思われる行動をしていたりするんです。現代でも恋愛関係のなかで即レスしちゃうとあんまりよくない、とかあるんじゃないですか。だから、愛されている藤壺は自分から和歌を送らないし、場合によっては返事すらしないんです。そういうのは現代と変わらない。

「即レス」という言葉がなくても、昔から現象としてはあるんです。社会形態とか男女の地位とか身分制とか変化はあるけど、そんなに見た目も変わらないですし、人間の心理だってそんなに変わらないんだと思います。

――時代が変わっても人間の根幹は変わらないですね。

大塚 そうですね。もちろん、古典文学には時代背景とリンクして、変化している部分もあります。今回の題材であるBLや男色でいえば、あくまでBLは女性目線なので、BLっぽいなと思う作品が登場するのは、ある程度、女性の地位が高い時代が多いんです。かつ、女への抑圧もあり、その抑圧を女が自覚するほどの意識の高さが満たされてはじめて、BL目線が成り立つ。

『古事記』が書かれた時代も女帝がいたし、『源氏物語』などが書かれた平安中期も女性は少し抑圧されていたけど、それでも地位は高いほうだった。だから、女性の地位が低下する武士の時代になると、文学でもBLではないかと思える作品は減っているんです。この時代はBLより男色がメインで、上下関係や身分がはっきりしている支配関係が強いものになる。そういう変化を発見することもあります。

▲漫画や舞台などからでもいいので古典文学に興味をもってほしい

エンタメとして楽しむために必要なこと

――この本を読んで、最近では男色をBL作品として描いている作品もありますが、上下関係のうえで成り立っていた男色を簡単にエンタメとして扱うのはよくないんじゃないかとも思いました。

大塚 あれもこれもダメにしてしまうと、エンタメ作品としての表現の幅が狭まってしまうことになるとは思ってます。だから、現実との線引きがきちんとできていれば、私は男色を題材にしてもいいんじゃないかなと。

例えば、『源氏物語』も今の社会規範で読むと、よくない描写がたくさん出てくるんです。だけど、私たちはそれをエンタメ作品として読んでいるし、当時の社会規範ではおもしろいものとして描いていた。今の社会規範でいうと問題があるのかもしれないけど、あくまで作品のなかでの素材として、描き方を間違えずにフィクションの世界として扱うのは有りではないかと思います。

それに男色を描くとなれば、自然と江戸時代を描くことになるじゃないですか。その作品を読むことで、江戸時代ってこんなに差別があったんだとか、そういったことを知るきっかけになるかもしれないですしね。

――フィクションの世界の話として読むことが大事ということですね。

大塚 フィクションの世界では身分の差があることで、よりおもしろくなるということもありますよね。『ロミオとジュリエット』とかもそうですし。人間の醜いところなのかもしれないけど、エンタメではそれがあるからおもしろいという側面もある。悪の楽しさというか、エンタメにはダークな部分もあると思うんです。

男色はあくまで前近代の身分制がある社会のなかで、盛んであったもの。だけど、現代の社会規範のなかでは許されないこともある。古典文学を楽しむためには、そこをしっかり分けて考えることが大事なんだと思います。


プロフィール
 
大塚 ひかり(おおつか・ひかり)
1961年横浜市生まれ。古典エッセイスト。早稲田大学第一文学部日本史学専攻。『ブス論』、個人全訳『源氏物語』全六巻(以上、ちくま文庫)、『女系図でみる驚きの日本史』『毒親の日本史』(以上、新潮新書)、『くそじじいとくそばばあの日本史』(ポプラ新書)など著書多数。Twitter:@hikariopopote