これまで感じたことがない空気感の試合
日本代表の戦いぶりも印象に残りましたが(結果は決勝戦でカタールに敗れて準優勝)、そのときのUAEの旅で一番の衝撃は、もうひとつの準決勝、UAE対カタールでした。
アブダビで観戦したこの試合の空気は、これまでのサッカー人生でも類を見ない異質な経験でした。アブダビの街にはUAEを応援する多くのサポーターがいました。彼らはユニフォームではなく『ガントゥーラ』という民族以上を纏っている人が多かったと記憶しています。
なぜ、この試合が人生の中でも異質な経験なのか。
それは、この2カ国の国家対立の影響によるヒリヒリとした「憎しみ」を感じる試合だったからです。
ネットで調べると出てきますが(真偽の判断が僕にはできないため、理由をここに書くのは割愛しますが)UAEとカタールは国交を断絶しているのです。なので、カタール人は選手・スタッフ以外、スタジアムはもちろん、UAEに足を踏み入れることすらできない……そんな状況で開催されました。
超満員、コールリーダーが拡声器でかなり長めのソロパートを歌い(中東の国と対戦するとき、テレビ音声にも乗っているソロの歌声はこれです)その後、メインもゴール裏もみんなで歌うなど熱量もあるUAEサポーター。
この試合だけ見れば、W杯のときのカタール人より、よっぽどサッカーへの熱量があったように見えます。が、実際のところ、この2カ国の試合だったから集まったかもしれないし、なんとも言えませんね。
しかし、試合が進むといいサッカーをしていたのはカタールでした。とにかく強い。そして先制したのもカタールでした。
ゴール後、得点した選手は、自分たちのサポーターが1人もいないのはわかってるにも関わらず、踊って喜びを表現しました。
これがUAEサポーターの逆鱗に触れました。スタジアムが怒号に包まれます。しかし、試合の流れは最後まで変わらず、4ゴールを叩き込むカタール。
憎悪のぶつけどころがなくなったUAEサポーターは、水の入ったボトルや靴をピッチ上に次々と投げ込みました。(アラブ諸国では、靴で人を傷つけるというのは最大の侮辱行為だそう)おそらく100以上という数を。
もちろん、多くのUAEのサポーターは良識があり、荒れるサポーターに
「物を投げるのは違う! やめろ!」
と、なだめていますが、騒動は収まりません。一部の質の悪いファンが全体のイメージを損ねてしまうのは、どの業界でもよくある話ですが、彼らの怒りは相当なものでした。
UAEの選手が
「試合ができないから落ち着いてくれ」
と、サポーターにお願いをする始末。心から嫌いあっている者同士の戦いとは、こんなにも憎しみがこもるのか、と強いカルチャーショックを感じた試合でした。
ちなみに、試合後には警備員が
「お前、モノ投げただろ」
と、一部のサポーターを尋問していましたが
「いや、そんなことしてないよ」
と、足早に帰ろうとしていました。裸足で。いや、お前は絶対に靴を投げただろ!
その後、アブダビで日本代表のユニフォームを着ていると、大人はもちろん、小さな子どもたちからも
「僕、カタール嫌いだから絶対カタールを倒してくれ! 4-0で勝ってカタキをとってくれ!」
と声をかけられ、子どもにまでそういう考え方が浸透しているのは、なんだかなぁ……と、複雑な気持ちになったのでした。
サッカーに紐づけて、歴史と文化を感じることができたのは、経験としては面白かったですけど、やっぱり試合後までは持ち込まず、サッカーが平和の架け橋になるようになってほしいですね。
余談ですが、僕がブラジルW杯を見に行ったときに一番驚いたのは、「ブラジル人は意外とメッシが好き」ということでした。
「だって、あいつ最高の選手だもん」
ですって。
いつか世界中のライバル国が、そんな関係になれることを祈っています。