食欲がないのに無理に食べるのは「不自然」
食欲不振が体の防衛反応であることは医学的にも明らかにされています。
アメリカのミネソタ大学医学部の教授だったM・J・マレイ博士が、1975年に世界的に権威のあるイギリスの医学誌『Lancet』にある論文を発表しました。以下、要点だけ紹介します。
「飢饉に苦しんでいたサハラ砂漠の遊牧民に食料を与えたところ、しばらくしてマラリアが発生した」
「エチオピアのソマリア遊牧民にも飢餓の時、食料が供給されると、マラリア、ブルセロージス、結核などの感染症が起こってきた」
「中世時代のイギリスで発生した痘瘡は貧しい人々より金持ちの人々のほうが多発した」
「第一次大戦中に蔓延したインフルエンザの死亡率は、十分に栄養が行きわたっている人々が最大だった」
「第二次大戦中、ある過密状態にあったキャンプにおいて、低栄養状態におかれた人々がハシカやチフスに対して最低の罹患率を呈した」
「1830年代に、E・チャドウィックがイギリスの刑務所で行った調査では、
・十分に栄養を与えられた囚人:感染症の罹患率23%・死亡率0.4%
・十分に栄養が与えられなかった囚人:感染症の罹患率3%・死亡率0.16%だった」
「インドでは乾期になり、草がなくなると家畜の餌が少なくなり家畜はやせ細るが、伝染病の罹患率は最低になる。モンスーンの季節になり草が茂り、それを食べて太ってくる家畜の伝染病の罹患率は急激に増える」
これらの事象から、マレイ博士は「我々が食べる食物中の栄養素は、我々の体の維持よりも病原菌の分裂・増殖のほうに利用されるのだろう」と推論しました。そして、この推論を証明するため、博士は次のような実験を行いました。
ネズミ100匹を4群に分ける実験です。チューブを胃に入れて無理に食べさせる群(Ⅰ群)と感染していないネズミを自由に食べさせる群(Ⅱ群)に。腹腔内に病原菌を入れて感染を起こさせたネズミを自由に食べさせる群(Ⅲ群)とチューブを胃に入れて無理に食べさせる群(Ⅳ群)の4つに分けます。
この実験結果から感染症(肺炎、膀胱炎、胆のう炎など)にかかった時に、食欲がないのに無理に食べさせると「病気の悪化=死亡率の上昇」を招くリスクが上がることがわかりました。
マレイ博士はこうも述べています。「感染症にかかった時には食欲不振に陥るが、食欲不振は自分の体の防御反応に重要な役割を果たしている」食欲がわかない時でも、なんとなくのイメージで「やっぱり体のためを思うと、何か食べておいたほうがいいんだろうか……」と悩む方は多いかと思いますが、ここまで読めば答えははっきりしているでしょう。
食べたくない時は「食べない」のが正解なのです。食欲がないのに無理に食べるという「不自然」な行為は、さまざまなリスクにつながるのです。
ウイルスも「空腹」によって分解処理される可能性
2016年10月、大隈良典博士がノーベル生理学・医学賞を授与されました。その受賞理由は「栄養を失って飢餓状態に陥った細胞が、生き延びるために自らを食べる“自食作用”オートファジー(autophasy)」の解明です。
オートファジーの働きには、
①細胞内の栄養の再利用
②細胞内の不要物を分解して掃除する「浄化」作用
③細胞内に入り込んだウイルスなどの病原体や有害物質を分解して細胞を守る「防御」作用
があり、細胞が栄養不足で飢餓状態に陥る時に、そのスイッチが入ります。
よって、飢餓状態(極端な空腹)の時には、人体を構成する60兆個の細胞一つ一つの中で、有害物質や病原体が分解処理され、古いタンパクが壊されて新しいタンパクが作られ、細胞が生まれ変わります。
つまり「60兆個の細胞の総和である人体も、若々しく生まれ変わる」ということです。
この研究成果は、肝炎ウイルス、子宮頸ガンウイルス、エイズウイルス等々のウイルスも「空腹」によって、細胞内で分解処理されうる、ということを示唆しているのです。