なぜ世界最強ともいわれる諜報機関のモサドは、事前に情報をキャッチできなかったのか? 最強の迎撃能力を誇るアイアンドームを突破されたのはなぜか? 世界をゆるがす非常事態に元陸将・小川清史氏が、第4次中東戦争に基づき、ハマスによる今回の軍事的攻撃を分析した。

地形の守られているとの過信は防衛を危うくする

第4次中東戦争では、イスラエルとエジプト軍のあいだにはスエズ運河という地形障害が存在していました。今回のハマスとイスラエルとのあいだには、壁と緩衝地帯と監視網があり、地形に守られている状況は似ていると思います。しかし、いずれも相手の技術的かつ創意工夫により、この地形障害は意味をなさなくされています。

日本も海に囲まれていますが、攻撃してくる相手はさまざまな工夫と技術によって、その障害を克服するかもしれません。地形の堅固さに守られているとの過信は、やはり自国の防衛を危うくするのかもしれません。

▲第4次中東戦争でスエズ運河に軍橋を設置し渡河するエジプト軍 写真:Wikimedia Commons

第4次中東戦争では、エジプト軍による全面戦争に備えて、イスラエル軍は大動員による反撃力発揮という抑止効果を狙った戦略をとっていました。しかし、実際のエジプト軍の攻撃は限定目標攻撃で、奇襲によってシナイ半島の一部を奪還し政治的交渉の糸口を得るというものでした。

つまり、大が小を兼ねるといった抑止戦略をイスラエルが採用したところ、小戦略であったエジプト軍の奇襲攻撃により大なる抑止戦略が破綻したのです。

今回も同様に、ハマスはイスラエル軍に勝つことはできないだろう、との認識がイスラエル側にあり、ハマスは安易に攻撃してこないとの予測が、どこかに存在していたのではないでしょうか。

また、ハマスの攻撃が「イスラエルに対して緒戦の奇襲によって大打撃を与え、中東の和平を崩すのが目的であった」のだとしたら。大規模攻撃ではなく、政治的な目的である中東和平に影響を及ぼす騒擾効果、波及効果を狙った軍事攻撃と言えるでしょう。

改めて、ハマスの攻撃は極めて政治色の強い、限定的ではあるが大規模な被害を与える攻撃であったため、イスラエルは第4次中東戦争と同じく相手側の戦略目的と、その手段を見誤ったのではないでしょうか。軍事的見積もりに偏りすぎた情報だったのではないかと思えてなりません。

技術的な創意工夫による奇襲作戦

第4次中東戦争では、エジプト軍がイスラエルの想像を超える技術的優位と創意工夫を重ねた攻撃をしたと言われています。

例えば、エジプト軍がスエズ運河を渡渉して、土手を掘開してイスラエル領土内に進撃するのに24~48時間は要するとイスラエルが見積もっていたところ、エジプト軍はその予想をはるかに超えて、わずか6時間で約8万人の兵士が渡河を完了しました。

これは高水圧ポンプによる放水で、土手を一気に突き崩したためです。イスラエルは高水圧ポンプの存在はつかんでいましたが、その威力を過小評価していたのです。ほかにも、携帯対戦車ミサイル(ソ連製サガー)によって歩兵がイスラエル軍戦車を破壊するなど、新しい兵器と戦法によってイスラエル軍の予測を超えた攻撃をしました。緒戦でのイスラエル軍の被害は予想以上となりました。

それまでは戦車には戦車が基本的に対応し、歩兵では戦車に勝てないと言われていました。ところが歩兵が1人で携行できるような携帯対戦車ミサイルと、その誘導装置によってイスラエル軍の戦車が撃破されたのです。

今回のハマスの攻撃も、ロシア製多連装ミサイルに加えて、手製ミサイルを多数使用して20分間で5000発のミサイルをイスラエル領土内に発射することにより、イスラエルの防空システムであるアイアンドームを麻痺させています。

それ以外にもガザ地区を囲む壁と、IT化された監視網をミサイルやドローンによって無効化するとともに、海からのゴムボートによる上陸、動力付きハンググライダーによる空からの侵入など、ハマスによる創意工夫によってイスラエルは予想しない攻撃を受けたのだとと思います。

こうした予期しない手段によって緒戦に奇襲され、大規模な被害をイスラエル側は受けてしまったのです。

相手の情報を得ていても、それは一次情報(情報資料:information)です。そこから分析し「相手はどのような攻撃要領をすることができるのか」を導くことで、二次情報(情報:intelligence)となります。このあいだには人間による感覚が作用する余地が大いにあります。二次情報を導くプロを多く育てることが極めて重要だと思います。 

情報伝達は電子機器を用いない古典的な方法

第4次中東戦争において、エジプト軍が攻撃命令を下達したのは、師団長クラスに対しては攻撃開始時刻の6時間前の朝8時に、小隊長クラスには攻撃開始の1時間前の13時頃でした。軍事顧問であるソ連には前日に伝えていました。つまり、攻撃開始時刻を自軍のなかでも徹底的に秘匿していたのです。

サダト大統領が攻撃開始日時を決定した日が、そもそも4日前です。イスラエルに情報をつかまれても対応できないことが明らかな時点でした。

今回のハマスによる攻撃も、同様に直前まで攻撃開始時刻は秘匿されていたことでしょう。事前の戦闘予行ではどのような手順、段取りで攻撃するかは徹底的に詰めていたと思われますので、あとは開始時刻を口頭もしくは紙などで伝達したのではないかと思われます。

アメリカもイスラエルも、電子情報(メールや電話回線)は常時監視していたでしょうから、そうした監視網を逃れる手段を使ったのは間違いないと思われます。さすがに、これでは攻撃開始時刻を見抜くのは困難だったと言わざるをえないでしょう。

モサドの諜報員がハマスに潜入していて、攻撃開始時刻に関する情報入手したとしても、直前の伝達で口頭もしくは紙ベースだと、イスラエル軍上層部に届くまでに攻撃されたことでしょう。これに対応する手段は準備できていなかったと思われます。

以上、イスラエルがハマスの奇襲攻撃を受けてしまった原因を第4次中東戦争と比較しつつ述べてみました。あくまで公開情報をベースに分析しております。


〇【救国シンクタンク】特番「イスラエルはなぜハマスの侵攻企図を見誤った?地上戦で何が起きる?」小川清史元西部方面総監