日本は世界屈指の海洋国家ですが、海上保安庁について説明できる人は少ないのでしょうか? 隣国とのあいだに、それぞれ尖閣諸島・北方四島・竹島といった問題を抱えていている日本の海を守っているこの組織について、元海上保安庁長官の奥島高弘氏が説明します。
※本記事は、奥島高弘:著『知られざる海上保安庁 -安全保障最前線-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
紛争の火種を抱えている日本の周辺海域
日本は四方を海に囲まれた島国です。陸地では外国と接していないので、当然、外国との境界は海上にあります。
すなわち、領海の外側に広がるEEZ※の外縁が、外国との境界になるわけです。
※排他的経済水域:天然資源の探査・開発などを含む経済的活動についての主権的権利や、海洋の科学的調査、人工構築物等の設置・利用、海洋環境の保護・保全等についての管轄権が沿岸国に認められている水域
あえて乱暴な言い方をすると、じつは日本のEEZは、日本政府が「ここまでの範囲が我が国のEEZです」と勝手に宣言しているだけであって、国際海洋条約上画定したラインではありません。
海洋法の国際的な法秩序の基礎をなしている国連海洋法条約(正式名称「海洋法に関する国際連合条約」)では、排他的経済水域は、領海の外側に、基線(海面がいちばん低いときに陸地と水面の境界となる線)から200海里(約370km)を超えない範囲内で設定が認められています。
一方、相対する2国間の海域が400海里に満たない場合、すなわちお互いが200海里を主張すると、真ん中で重なってしまうような場合には、公平な解決を達成するために国際法に基づいて、合意により境界を画定するよう規定されています(同条約第74条)。
つまり、相対する国同士で話し合って境界を決めなければならないわけです。
日本の場合、中国・ロシア・韓国とのあいだに、それぞれ尖閣諸島・北方四島・竹島の問題を抱えていますから、この話し合いは決着がついていません。つまり、国連海洋法条約上では、その3国とのあいだにおいて境界は画定していないことになります。
すなわち、日本の周辺海域は常に紛争の火種を抱えているということです。
また、これらの問題以外にも、日本の周辺海域では、日本海の大和堆(やまとたい:日本海中央部の堆)をはじめとする外国漁船による違法操業問題、あるいは外国調査船の我が国の同意を得ない海洋調査活動、そして日本漁船の被拿捕・被銃撃、さらには不正薬物の密輸などさまざまな事案が発生しています。
海上保安庁は、こうした海上の多種多様な問題に最前線で対応し、24時間365日体制で、今この瞬間も日本の海を守っているのです。
海上保安庁の予算と定員は?
日本は、447万平方km(国土面積38万平方kmの約12倍)にも及ぶ広大な領海とEEZを有する世界屈指の海洋国家です。国土面積では世界第61位ですが、領海・EEZを含めた総水域面積では世界第6位になります。
では、その広大な海洋権益を守る海上保安庁の予算と人員が、どの程度の規模なのか? 皆さんご存じでしょうか。
予算は2431億円(令和5年度予算)、定員は1万4681人です。
海上保安庁では、全国を11の管区に分け、この予算と定員、そして保有する船艇474隻、航空機92機でもって、日本周辺の海上の治安維持と安全確保に努めています(数字はいずれも『海上保安レポート2023』より)。
もっとも、このような数字を並べられたところで、その規模感についてはピンとこないでしょう。
よく対比されるのは、同じく日本の海を守る海上自衛隊ですが、海上保安庁は、予算も定員も海上自衛隊の規模には到底及びません。海上自衛隊の令和5年度予算は1兆6467億円、定員は4万5141人(防衛省HP「我が国の防衛と予算-令和5年度概算要求の概要-」より)であり、航空機の数も倍以上違います。
同じ法執行機関(警察機関)である警察庁と比較しても、定員の面では都道府県警察トップ3の警視庁(4万3486人)、大阪府警(2万1474人)、神奈川県警(1万5703人)にはかないません。第4位の愛知県警(1万3554人)よりは少し多いというくらいの規模です(『令和4年版警察白書』より。都道府県別の警察官の定員数)。
このように比較すると、役所としては海上保安庁がそれほど大きくない組織だということがおわかりいただけると思います。
とは言え、船艇188隻、定員1万人未満で、航空機もなかった1948年の発足当初と比べれば、海上保安庁の勢力は大きく伸びてきました。それだけ、時代とともに海上保安庁の担う役割が大きくなってきたとも言えます。
実際、令和5年度の予算に関しては、令和4(2022)年12月に決定された新たな国家安全保障戦略を踏まえた「海上保安能力強化に関する方針」に基づき、過去最大の金額および増額(前年度予算より200億円増)となり、メディアなどでも注目されました。
近年の海上保安庁の予算は、毎年数パーセント程度の伸び率(20~30億円)で増額し続けてきましたが、令和5年度はじつに10%近い伸び率です。しかも、今後も増額される予定であり、令和9(2027)年度当初予算を、令和4年度水準の2231億円からおおむね1000億円程度の増額が決まっています。つまり、年平均では200億円の増額となり、これまでとはまさに桁違いに予算が伸びていくというわけです。
現時点では、世界第6位の広さのEEZの海洋権益を守っていくには、予算・勢力ともにまだ十分とは言えないのが正直なところですが、今後はそれにふさわしい規模の組織に成長していくことが期待できます。