中国は農作物とエネルギー、鉱物資源の確保を目的に「一帯一路のプロジェクト」を世界各地に広げていったが、パキスタン・スリランカ・ベネズエラ・ジブチなどでは、テロなどの妨害でプロジェクトは進捗せず、途中で放り出すこととなった。日本を代表する中国ウォッチャーである国際政治評論家・宮崎正弘氏が解説する。

※本記事は、宮崎正弘:著『悪のススメ -国際政治、普遍の論理-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

アフリカ諸国への中国のプロジェクト投資

中国がアフリカ諸国に一帯一路のプロジェクトを広げたのは、農作物とエネルギー、次いで鉱物資源の確保が目的だった。決して善意や友好関係の樹立が中国外交の目的ではない。

中国は高々と国家目標を掲げ、ジャブジャブとプロジェクトに金を投じた。アフリカや中央アジア、南太平洋諸国を大きな顔でのし歩いた。

しかし、結果は無残なかたちで露呈した。ほとんどが砂上の楼閣と化したのである。中国国内におびただしいゴーストタウンを建設したように、諸外国へのプロジェクト輸出は各地にゴーストシティをつくった。そして支援金も尽き果て、事実上の不良債権と化した。

▲中国国内で進むビル建設 イメージ:tabi-guide.com / PIXTA

中国からむしり取った国は多いが、露骨なパターンを示したのが。モルディブ・スリランカ・パキスタンである。

モルディブは「海に沈む()()国家」と言われる。コロナ禍の前は世界中から観光客が集まった。日本のツアーも年間4万人以上が、この南インド洋に浮かぶリゾートに遊んだ。

無人島が1000以上(そのほとんどは岩礁。海に沈む時間もあるが、統計上は1192の島々がある)、有人島は200、このうち100ほどの島がリゾートで、海上ホテルや砂浜のコテージではお酒も飲める(ただしアルコールの持ち込みは禁止)。

海域があまりにも広大で、海難救助は難しい。従来からモルディブはインドの保護国でもあり、災害救助を目的に小型飛行機とヘリコプター部隊のインド軍80名が駐在していた。

安全保障の取り決め、地域防衛的な協定ではなく、あくまでも海難救助隊だった。その恩義を忘れてインド軍に、親中政権は「出て行け」と言いだした。怒り心頭のインドは期日を早めた。モルディブは、これによりインドという保護国を失った。

以前のヤミーン政権も親中派で汚職まみれ、インドの干渉を嫌い、プロジェクトを持ちかけてきた中国に転んだ。空港から首都マレへ海上橋をかけてもらい、合計15億ドルが中国からの借金、その返済について心配した気配はなかった。

モハメド・ムイズ新大統領は、ヤミーン政権下で建設プロジェクトに深く関与した肥った利権政治家、中国裨益組である。

2020年にヤミーン汚職政権を倒したソリ大統領は親日派でもあり、インドとの関係を修復した。インドはモルディブに15億ドルの信用供与を与え、観光客もインド人がトップだった。

しかし、2023年に「親中」「反インド」のムイズ政権が発足すると、モルディブへのフライト予約システムを中断し、怒りを静かに現してきた。なお二国間援助では日本がトップである。

中国人を狙ったテロが相次いで起きている

中国は対インド戦略の要衝、パキスタンに一貫して肩入れしてきた。パキスタンの西南部、グアダール港の近代化、ターミナル増設、工業団地、大学も建設。一帯一路の目玉プロジェクトだった。総額520億ドルのうち、中国は合計330億ドルを注ぎ込んだ(大半は中国輸出入銀行、開発銀行などの貸し付け)。

グアダールからパキスタンを斜めに横切って、()()ウイグル自治区へ石油とガスのパイプライン、鉄道と高速道路、そして光ファイバー網を通すという5つのプロジェクトが平行し、工事はかなり進捗していた。

ところが、グアダール港はパキスタン中央政府の統治がおよばない無法地帯だった。パロチスタン独立運動が過激化し、テロリストが次々と中国人を標的としたため、建設現場で中国人エンジニアを守るのがパキスタン軍、という皮肉な事態となった。そのうえ鉄道建設現場からはレールもセメントも「蒸発」した。

中国はたびたび苦言を呈したが、2021年、「グアダール・プロジェクト中断、代替地はカラチ」とした。するとカラチでも中国人を狙ったテロが起きた。

パキスタン北東部には中国が主導するデスダム工事が進行中だが、ここでも中国人エンジニアがテロに襲われ死傷者がでた。

2007年以来、中国はベネズエラに680億ドルを融資した。主に石油鉱区、鉱物資源鉱区の開発プロジェクトで、直接投資は300億ドルを超えた。

中国の融資条件は高利で、返済条件も厳しいことで知られる。ベネズエラの経済実情(GDPは80%減、インフレ率はIMF統計で2355%)をみれば、返済は不可能だ。となると、次の選択肢は狭まる。中国はスリランカやジブチでそうしたように、担保権行使に踏み切った。石油鉱区の()()りである。

2023年10月17日から北京で開催された「一帯一路フォーラム」には華やかさが消えていた。目立ったゲストはプーチンとオルバン(ハンガリー首相)、背の高いトカエフ(カザフ大統領)、ジョコ(インドネシア大統領=当時)、元首級はラオス、カンボジアくらい。

▲第1回一帯一路国際協力サミットフォーラム 出典:The Russian Presidential Press and Information Office / Wikimedia Commons

ムードを盛り上げようと、中国のメディアは習近平を「一帯一路の総設計師」と褒めそやしていた。

習近平は演説で「これからの一帯一路は、ハード面からソフト面の協力にも展開する」と強調した。従来の大型インフラ投資は、かえって途上国を「債務の罠」に陥らせてきたと批判されてきた。

途中で放り出した案件は、パキスタン・スリランカ・ベネズエラ・ジブチなどが典型だ。新幹線開通は、インドネシアとエチオピア・ジブチ間だけ。中国が「一帯一路」プロジェクト全体にぶち込んだのは7800億ドル前後で、中国自ら借金の罠に陥没した。

方向転換は予想された。国際協力フォーラムで習近平はこう言った。「一帯一路は高水準で、人々の生活に恩恵があり、持続可能であることが重要な原則となる」

また、()()外相兼政治局員は記者会見で「発展の新段階に進んだことは、各方面の支持を得ている」とし、方針転換を正当化した。「量から質へ方向転換」ということは、これまでは「悪質」だったことを自ら認めたことにならないのだろうか。