月40冊以上、年間500冊にも及ぶ書評を出し、Amazonランキングや出版界において多大な影響力をもつ書評家・印南敦史氏によると、「誰かに見せる文章である以上、読んだ人の心をつかみ、動かし、共鳴させること」が必須だと言う。ではどうすればいいのか? 書評のプロだからこそわかった「人の心をつかむ文」に必要なことを語ってもらった。
※本記事は、印南敦史:著『書評の仕事』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
大前提は簡潔で読みやすい文章、ではあるが…
日記のような、誰にも見せることのないプライベートなものであるなら、それはまた別の話。しかし、なんらかの形で誰かに見せるという目的があるのだとすれば、文章には絶対に必要なものがあります。
それは、読んだ人の心をつかみ、動かし、共鳴させること。
文章で世界を変えることはできないかもしれませんが、読んだその人の心をつかんで動かすことなら可能かもしれません。そして文章である以上、そうあるべきだと僕は思っています。
では、人の心をつかみ、動かす文章とはどのようなものなのでしょうか?
もしそう問われたとしたら、「その人にしか書けない文」だということになるでしょう。
もちろん、簡潔で読みやすい文章であることは大前提です。しかし、ある意味では矛盾するかもしれませんが、「その人にしか書けない文」であることは、もしかしたら文章力以上に最優先されるべきものかもしれないのです。
説明書とは違う、気持ちの伝わる文章が心をつかむ
上記をまとめると、つまり「簡潔で読みやすいが、誰にでも書ける文章」と「文章は下手だけれど、その人にしか書けない文章」があったとしたら、評価が高いのは後者だということ。
いうまでもなく「その人にしか書けない、簡潔で読みやすい文章」であるべきなのですが、それが叶わなかったとしても、“その人らしさ”が反映されていることがいちばん重要なのです。
たとえば僕の同業者に、正直にいえば文章が下手な書き手がいます。ただし、その人の文章からは、読んでいるこちらが悔しくなってくるほど“気持ち”がストレートに伝わってくるのです。
そのため、文章に多少のアラがあったとしても、「伝わってくるんだから、それでいいや」と思わせてくれる。それどころか、がっちり心をわしづかみにするのです。すなわちそれが、人の心を動かす文章。それこそが、電化製品の取扱説明書の文章との違いです。
そう思っているからこそ、僕自身も常に「果たして、この文章は読む人の心に届いてくれるだろうか?」と考え、その時点における最善を尽くしているつもりです。