サッカー界No.1のバイプレーヤー  ディ・マリア

この夏は切なくもエモーショナルなシーンが多いように思います。このコラムで書いたモドリッチやロナウドの涙。

そして、先日のコパ・アメリカ決勝ではメッシの涙もありました。

しかし、今まであまり涙を流すことがなかった全てのタイトルを掴んだサッカー界の神様の涙は、敗北の悔しさでも、勝利の喜びからくるものでもなく、

「もっとあいつとプレーしたかった」

そんな涙に見えました。

そんなあいつとは、僕が愛するサッカー界No.1のバイプレーヤー、ディ・マリア。この相棒がいたからこそ、メッシは全てを掴み取ることができたのです。

そして、そんな相棒の代表ラストゲームを「最後まであいつとのプレーを楽しみたい」と、語っていたにも関わらず、負傷で途中退場を余儀なくされて涙するメッシは、とても人間でした。

2004年アテネ五輪、2008年北京五輪、そして2005年ワールドユース選手権、2007年のU-20W杯を制したヤングアルゼンチンは、マラドーナが5人抜きゴールや神の手を決めて神様になった1986年以来の世界制覇を掴み取ると信じて疑いませんでした。

テベスやサビオラ、アイマールが頭角を表した2000年代前半から中盤の豪華メンバーに加え、メッシやアグエロ、イグアインなど多くのスターが次々と登場し、彼らがピークとなる2010南アフリカや2014ブラジルでのW杯では栄光を掴み取るのだ、と。

しかし、物事は上手くいかないもので、そこから3度のW杯で、前線でボールを待ち構えて結果を残すタイプのスコアラーを並べたチームは中盤のタレント不足、対人守備にはめっぽう強いがビルドアップ力不足のDF陣により、機能性が上がりません。

「メッシはバルセロナじゃないと活躍できない」

メッシに全責任があるわけではないのに、W杯を獲得したマラドーナと比較され、そう揶揄されるようになっていました。

そんな中で輝き続けたのがディ・マリアでした。

07のU-20W杯でラッキーボーイ的な活躍をして、他の選手よりも安価でベンフィカに移籍。そして翌年の北京五輪では決勝戦での決勝ゴールなど活躍(僕がディ・マリアを知ったのはここから)。スピードがあり、細身ながらスタミナも群を抜く。さらに他の選手と波長を合わせるのが上手い。

思えば当時からスター選手よりも『使われる選手』になるのが上手な選手でした。

以降、彼はメッシを除く、どのスター選手よりもアルゼンチンに欠かせない選手になっていきます。

持って生まれたパーソナリティなのか、それとも貧しい家庭で育ち、幼少期から炭鉱で働きながらサッカーを続けてきた家庭環境が故なのか……。もしかしたらメッシと同学年で、自分以上の才能(と、本人は思っている)を見てきたからなのか、いくつ歳を重ねても利他的で「味方を助けるプレー」という面では変わりませんでした。

ただ、世界一のバイプレーヤーですから、世界一の主役に合わせられる技術は備わっており、プレー集を見てもらえばわかるように、フェイント、ループ、ラボーナ、弾丸シュート……その左足から繰り出されるプレーはまさに魔法。

アルゼンチン代表、レアル・マドリード、PSGと同じチームにメッシやロナウド、エンバペ、ネイマール、イブラヒモビッチという世界5大主役がいたからバイプレーヤーに徹しただけで、この5人がいないチームなら、いつどこでも主役を張れた逸材でした。そこが渋くて好きなんですけどね。

マドリーではロナウドの分まで守備をしながら、カウンターではロナウドのスピードについていける。そして多くの美しいアシストも記録。

アンチェロッティ監督が「ディ・マリアだけは売るな」とフロントに釘を刺してからオフに入ったほどでした(フロントはスターが好きなのでディ・マリアを売ってベイルらを獲得。嗚呼安易)。

唯一上手くいかなかったのはマンチェスター・U。ちなみに反りが合わなかった当時の監督はファン・ハール。物語で言えばこれが2022カタールW杯の伏線になるのは皮肉です(昔リケルメの記事で書いたので割愛しますが)。