サッカー選手には嘘も必要?
思い返せば、僕はサッカー選手に『聖人』といった要素をそこまで求めてないのかもしれません。
リュディガーと日本代表がまた相対することになれば、浅野拓磨選手と並走するリュディガーを思い出してブーイングは激烈にすると思いますが、それも嫌いとはまた違う感情な気がします。
このコラムでもたびたび触れていますが、FC町田ゼルビアがネットで話題になるたびに「そんなことで叩かれるの?」と思うことが多く、藤尾翔太選手がPKの前にボールに水をかけているのに関しては「なるほど! その手があったか!」とむしろ、アイデアマリーシアに感激してしまいました。
ボールが濡れるとキーパーがキャッチしづらく、ボールのワンバウンド目がゴール方向に伸びるってことですよね。
もし今、僕が部活をやっていたら、あれを参考に味方のFKやPKのときに、しれっとキーパーの前の芝生に水を撒いて濡らすと思います。なんなら「ハーフタイムにこっそりやっといて」とボトルを交換するマネージャーにお願いするかも。
ボールを濡らしていることが話題になった藤尾選手は、ガンバ大阪戦でPKを獲得したときにガンバの選手に囲まれ、水をかけるのを阻止され「飲もうとしただけなのに相手に囲まれた」とコメント。
しかしその後、しれっと水をかけてるシーンの画像がばっちり出てきたので「嘘つき」なんて言われていますが、僕は「サッカー選手なんて嘘つきじゃないとやっていけないじゃん」という感覚でいるので、これもピンときませんでした。
それはなぜなのか……よくよく考えたら、僕が子どもの頃に大好きだったサッカー選手は『稀代の嘘つき』でした。
今日は、そんな嘘つきストライカーのお話。
浦和の点取り屋・エメルソン
エメルソン選手。以下敬称略。
浦和レッズ史上最強の呼び声が高いストライカーです。
この168cmの褐色のストライカーは、加入当初、味方を信頼せず、一切パスを出さない。ゴールから遠いところで何十メートルもドリブルを繰り返して、最後は奪われる。
そして、靴紐を結ぶフリをして「靴紐が解けてなかったら抜けたのに」と、周りにアピールをしているような選手でした。
しまいには、ボランチの選手がピッチ上で「あんなの、どう扱えって言うんだよ!」と半泣きで嘆いてしまう始末。
誰の手にも負えない。勝手にドリブルして、勝手に疲れて、足が痙攣して自滅する問題児。そんなエメルソンが、加入から半年経った頃から変わり始めます。
本人が「味方を信頼できるようになった」と、何が原因でそこまで急激に変わったのか、はっきりとわかっていないのですが、僕には相棒である田中達也選手の存在が大きかったように思います。
似たような背格好で同じくドリブラーだった達也は、エメルソンへの憧れを隠さず、エメルソンから受けたパスは、ほとんどエメルソンにリターン。
これがエメルソンの
「お、出しても返ってくるなら、ある程度は預けようかな」
という意識につながり、他の味方とも連携できるようになったように思えました。その一方で達也も、エメルソンにマークが集中するなかで多くのゴールを決めました。
サッカーキャリアの最後まで、憧れの選手はエメルソンと答えていた達也&エメルソンのコンビは、気づくとJリーグ屈指の存在になってました。そして2003シーズン、そこに永井雄一郎選手を加えた全員ドリブラーのスリートップは、Jリーグ最強の攻撃ユニットとなっていました。
そのなかでも、エメルソンは圧倒的なスピードと異常に振りが速い右足で規格外のゴールを決めまくり、JリーグMVPを獲得しました。
とはいえ、エメルソンが問題児でなくなったかというと、それは別問題。
ゴールは決めるがカードも貰う。すぐ頭に血が昇るし、シミュレーションの常習犯。最近になってYouTubeで多くの選手たちが話してきた、嘘つきエピソードは規格外です。
練習が嫌いで「違和感がある」と月〜木をやり過ごして、金曜に「痛くなくなった」と言い出して、試合に出るの繰り返し(そして毎試合点を取る)。
2部練習がイヤで、午後に美容室の予約を入れてしまう(坊主なのに)。家の前の電信柱が倒れていて、車を出せないから行けない……という大喜利みたいな理由で練習を休む。
世界の強豪・インテルの誘いをまさかの理由で拒否
そして、衝撃的だったのがジャパンツアーで来日したインテル・ミラノ戦。
インテルの選手たちをキリキリ舞いさせたエメルソンに対し
「あの選手を獲るべきだ!」
と多くのインテルの選手がフロントに進言し、エメルソンは晴れて世界の強豪からオファーされるに至りました。それくらいのレベルの選手だったのです。
しかし、エメルソンは浦和残留を選んで拒否。感動的でしょ、これだけ聞くと。
「インテルのレベルだと、さすがに毎日、がっつり練習しないと無理」という理由で断ったらしいです。常識離れすぎて、もう理解が追いつきません…(笑)。