感染者が出る前に水際対策を整えていた台湾
WHOが中国の代理人のような立場に陥っている状況のなかで、中国の影響でWHOに加盟できずにいる台湾は、WHOに頼らず、中国に忖度することもなく、断固とした独自の感染症対策を打ち出しました。
その結果、中国経済に過度に依存していた台湾経済は、粛々と「中国デカップリング(切り離し)」を進めることができ、蔡英文(ツァイ・インウェン)政権の支持率上昇につながりました。
新型コロナウイルスはすでに台湾総統選が行われた1月11日に武漢でアウトブレイクしていましたが、この日は湖北省の人民代表会議・政治協商会議(両会)の開幕日であり、その政治イベントに集中するため湖北省当局はその後一週間、感染増を隠蔽していました。
このため、台湾総統選もさほど影響を受けずに行われたのでした。また、選挙の投票で帰国するために、中国で働く台湾人が一足先に春節休みに入って台湾に里帰りしたことも、中国の台湾人労働者が感染拡大にあまり巻き込まれずに済んだことと関係があるとも思います。
新型コロナウイルスを理由に、台湾世論はますます中国脅威を強く認識するようになりました。例えば台湾の「年代新聞」テレビ局は報道番組で「中国という病人が全世界に災いをもたらす」とタイトルを付けた新型コロナウイルス特集を組むまでに、はっきりと反中キャンペーンに舵を切っています。
蔡英文政権にとって幸運だったのは、この新型コロナウイルスの水際作戦を建前に、台湾の「実質独立」「国際社会における国家承認」のための法的、実質的環境整備を進めることができたことでしょう。
まず中国大陸との各種往来をいったん絶ち、中国の意向を汲んで台湾を拒み続けてきたWHOに対して、「台湾人の健康と命の安全」という人道上の問題として訴え、国際会議での台湾のオブザーバー参加を認めさせました。
この背景にはもちろん、隠蔽により国際社会に新型コロナウイルスの拡散を許した習近平政権や、習近平政権の要請を受けたWHOのテドロス事務局長が緊急事態宣言を見送ったことなどに対して、不信感、不満感を募らせる諸外国の圧力もありました。
蔡英文政権の対新型コロナウイルス対策の素早さは国際社会からも注目されました。1月早々に専門家を交えた緊急対応会議を開き、2日から空港などの検疫体制を強化しています。
転売屋のマスク買い占め回避問題も回避
私が選挙取材で台北・桃園国際空港に降り立ったとき(1月9日)、中国からの直行便の乗客だけ特別ゲートで入念に検疫検査が実施されていたのは、アフリカ豚コレラ対策のためだと思っていたのですが、どうやらこのときすでに新型コロナウイルスも想定した検疫体制もとられていたようです。
また、台湾での感染者が出ていない1月20日の段階で「国家感染症指揮センター」を立ち上げて水際作戦の体制を整えています。
1月23日には蘇貞昌行政院長の「マスク輸出制限指示」があり、2月6日にはマスク購入実名制度やオンラインマップによるマスク在庫状況の公開や、政府補填による民間企業へのマスク増産指示、医療機関への優先的配布といった素早い対応で、各国で起きている中国人転売屋のマスクの買い占めによるマスク不足や高額転売問題を回避しました。
これは、日本が医療現場でもマスク不足に陥っているのにもかかわらず、地方自治体や民間企業が競きそうように中国にマスクを寄付していた状況とは対照的でしょう。
台湾のマスク輸出制限などは、一部台湾人の間でも「台湾政府は自分たちのことしか考えていない」と批判の声がありました。ですが、結果から言えば台湾の方が正しかったと思います。
日本では政府や財界は、習近平の国賓訪問の成功を願うあまり、中国に気を使ったのでしょうが、一般大衆からすれば「日本のマスク不足は中国のせい」という反中感情がむしろ高まったように見えました。