イワシ醬油

くさい度数★★★

イワシ醬油は、その名のとおりイワシを原料につくられる。マイワシでもヒコイワシでも構わないが、腸をとらないで胴体ごとぐちゃぐちゃにつぶして大量の塩を加え、発酵させる。場合によっては、発酵を促すために麴(こうじ) を加えることもある。

鰯(いわし) イメージ:PIXTA

そのまま置いておくと、乳酸菌によって発酵が進み、ドロドロの醬油ができあがる。イワシはもともとダシに使われるほど豊かな味とにおいをもった魚だが、発酵することによってそれらがさらに引き出され、熟成されて、より深みのある独特のうまみと発酵臭が醸(かも)し出されてくる。くさみはやや強烈で、大豆醬油に慣れている人にとっては、やや顔をそむけたくなるにおいだ。

しかし、今でこそ日本では大豆醬油が広く使われているが、かつてはイワシの醬油が主流だった。なぜなら、イワシが山のように獲れたので、大豆よりイワシを原料にしたほうが安上がりだったからである。従って昔の日本人でイワシ醬油を「くさい」と感じる人はあまりいなかったであろう。

なお、同じようにイワシを原料とした魚醬に、アンチョビソースがある。

この2つは混同されがちだが、アンチョビソースは基本的に大量の塩の添加によって発酵が止まるので、イワシのうまみの浸出液が熟成したものである。一方、日本のイワシ醬油はじっくり発酵させているので、イワシのうまみもにおいも十分に溶け込んでいる。

だから、舌にも鼻にも猛烈にアピールしてくるのである。これをうまいと思うか、くさいと思うかは個人の好みとなる。

アンチョビ イメージ:PIXTA

新潟市の角田浜と呼ばれる地域では、このイワシ醬油を上手に使った「なまぐさごうこ」と呼ばれる漬物が、江戸時代から伝えられている。

自らを“発酵仮面”と称し、世界中の魚醤(ぎょしょう)を食べつくしてきた小泉教授に、それぞれの「くささ」の度合いについて星の数で五段階評価してもらった。 発酵食品は宿命的に、くさいにおいを宿しているが、それこそが最大の個性であり魅力なのだ。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。

※本記事は、小泉武夫:著『くさい食べもの大全』(東京堂出版:刊)より、一部を抜粋編集したものです。