トラブル発生!「つとめを二重に取るのか」

権太はすぐさま駆け出す。

足軽らしき下級武士が激怒していた。

行為が終わったあと、敷布団の上に四十八文を置いたのだが、遊女がそのまま布団を折り畳んだため見えなくなった。

遊女が「つとめは」と尋ねた。

すると、足軽が、

「つとめを二重に取るのか。俺は買い逃げするような男ではない」

と、怒り出したというわけだった。

「つとめ」は揚代、つまり料金のことである。

権太と、同じく駆けつけてきた地回りの八五郎のふたりで、

「モシ、間違えはあるもんだ。買い逃げするような旦那じゃねえことは、わかってまさァ」
「たかが女だァ、取るに足らねえ。うっちゃって、帰んなんし」

両側から足軽の脇をかかえて、強引に路地から外の通りに連れ出す。

切見世の猥雑な雰囲気がわかろう。

足軽は最下級とはいえ士分であり、腰に両刀を差している。地回りもいちおう遠慮していた。

なお、いわゆる「ただ食い」、つまり遊女と情交して揚代を払わずに逃げるのを「買い逃げ」と言っていたのがわかる。

入江町の岡場所は、寛政の改革でいったん廃絶したが、その後、復活した。しかし、天保の改革でふたたび取り払われた。だが、ほとぼりが冷めたころ、またもや復活し、幕末まで、男の歓楽街であり続けた。

【用語解説】

・切見世(きりみせ)  
局見世(つぼねみせ)ともいった。平屋の長屋形式で、最低水準の女郎屋である。細い路地の両側に、二畳ほどの部屋が並び、遊女はそこで生活し、客も迎えた。ちょんの間という、十五分くらいのあわただしい遊びだったが、別途料金を払えば、泊まりもできた。

『江戸の男の歓楽街』は次回9/16(水)更新予定です、お楽しみに!

○今に残る入江町の痕跡

緑4丁目交差点
錦糸町駅から京葉通りを両国方向にすすむと緑4丁目のエリアに(編集部撮影)
撞木橋跡
かつてここに撞木橋という橋が架かっていたという。本文に登場する「鐘撞堂」を連想させる(編集部撮影)