習近平にとって見逃せない香港からのドル流出

中国経済とドルとの関係で非常に重要なキーワードになるのが、コロナショック以前から何かと話題の「香港」です。香港では2019年3月以来、若者を中心とした民主化要求デモが盛んに行われてきました。そのため、日本人の多くは香港問題を政治の問題だと誤解しています。

しかし、香港をめぐる一連の騒動の背景にあるのは“経済”です。香港は1997年にイギリスから中国に返還される際、社会主義国家の中国に属しながらも資本主義の制度を維持する「一国二制度」が導入されました。これにより、軍事・外交を除いた自治権を持つ特別な地域になったわけです。この一国二制度は、香港返還後50年にわたって継続することが英中間で約束されました。

香港が今日のような経済的発展を遂げることができたのは、中国共産党政権による全体主義支配の及ばない自治権が一国二制度で保障され、資本主義に基づく自由で活発な経済活動が可能だったからです。

ところで、香港では「カレンシーボード」と呼ばれる、一種の固定相場制が採用されています。香港金融管理局が香港ドルの対米ドル・レートを固定し、英国系の香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行と中国国有商業銀行のひとつである中国銀行の3行が、手持ちの米ドル資産に見合う香港ドルを発行しています。

ようするに、香港では香港ドルを米ドルにいつでも自由に交換できるというわけです。そのため、香港は中国と世界を結ぶ国際金融センターとして発展し、多くの外資系企業が進出してきました。海外から中国本土への対中直接投資や、中国本土から海外への対外直接投資の実に6割以上が香港経由で行われています。

中国は主に香港を通じて、経済成長に必要なドル(外貨)を調達してきました。しかし問題は、中国の外貨準備減少の大きな原因となっている資本逃避もまた、香港経由で行われているということです。

▲習近平にとって見逃せない香港からのドル流出 イメージ:PIXTA

特に習近平政権の時代になると、香港から海外への資本逃避が急増したため、習近平は香港への締め付けを強化していきました。その一環として打ち出されたのが、香港市民の猛反発を招いた悪名高き「逃亡犯条例改正案」と「香港国家安全維持法(国安法)」です。

逃亡犯条例改正案は、刑事事件の容疑者を香港から中国本土に引き渡すことを可能にする法案でしたが、香港の若者を中心に激しい反対運動が起こったため、2019年10月に撤回されました。

▲日本で香港問題のシンボルとなった周庭(アグネス・チョウ) 出典:ウィキメディア・コモンズ

香港国家安全維持法は、香港での反政府的な言動を取り締まるための法律です。2020年6月30日に成立しましたが、政府の解釈次第でどこの誰でも逮捕できるような内容のため、国際社会から厳しい批判を浴びています。

言ってしまえば、逃亡犯条例改正案も香港国家安全維持法も、香港の自由を守ってきた一国二制度を無力化するための法律です。その真の狙いは、香港を共産党政権の支配下に置くことで、中国の生命線であるドルの国外流出を防ぐことにあります。

中国の香港支配の動きを、全体主義の独裁政権による横暴だと解釈するのは当然ですが、経済の側面にも注目しなければなかなかその全体像は見えません。香港問題の背景には「ドル依存の中国経済の危機」があるのです。