誕生日に痴話ゲンカしていた原因は・・・
去年の秋のこと。この日に運んだのは洋菓子店のケーキ。ホールサイズのものなので、何かお祝いごとかなと思いながら、デコレーションが崩れないよう慎重に運んでおりました。
目的のフロアに着くと、私と同じ中年男性のウーバーイーツの配達員が立ち尽くしております。「どうしたの?」と声をかけると窓の方を指さしました。どうやら部屋の中で男女が揉めているようです。
「誕生日を自宅で祝うのはいいわよ! こんなご時世だし。だけど、このグチャグチャの料理はなに?」
「自転車で運んでいた衝撃でフタの部分に料理がくっついてしまうことくらいあるだろう……」
「私が言いたいのはそこじゃないの! どうしてテイクアウトの容器のまま食卓に出そうとするの? 大切な日なんだから、お皿に盛り付けるぐらいのことは考えなさいよ!」
「ごめんな」
「それに、料理に合うお酒とか準備しておくでしょう?」
「それも、ウーバーイーツに頼んで……」
一緒にいた男性のリュックを見せてもらうと、ワインが入っていました。男性はこう話します。
「お客さんはけっこう前に注文したみたいだけど、配達員がつかまらなくて、料理が先にきて、ワインが全然こなかったみたいでさ」
私たちのせいではないことはわかっているのですが、どうしてこんなにも間が悪いのでしょう。嫌になります。部屋からは、女性の大きな声が続きます。
「あなたが私の好きそうなものを考えて選んでいるのはわかるけど、結局家でスマホをいじって注文しているだけじゃない! あなたはただスマホで検索しているだけ。お祝いをする気持ちはあるの? どうせこのあともウーバーイーツで頼んだケーキが届くんじゃないの? 自分で買い物に行ってくるとか、気持ちの込める工夫はいろいろあるでしょ!」
ドキリとしました。そう、私のリュックの中には「お誕生日おめでとう♡」と書かれたプレートがケーキの上にのっています。
配達方法が「お客様に直接渡す」となっているので、ドアの前に商品を置いて立ち去るわけにはいきません。仕方ないのでワインを持っている配達員とジャンケン。負けた私がインターホンを押し、ワインとケーキを渡すことに。
インターホンを押すと、注文した男性ではなく、女性の方が出てきました。その笑顔はとても美しく声も上品でした。
「配達ご苦労様です。またよろしくお願いします」
窓越しに聞こえてきたものとはまったく違うトーンで話しかけられ、商品を受け取ると、そっとドアを閉じたふたりの配達員。別れたアイツも、怒らせたらこうだったな……。
1時間後、配達員用のアプリを確認すると、先ほどの方から500円のチップが支払われたという通知がありました。女性の逆鱗のツボってどこにあるのか。男性にはなかなかわからないものです。ケーキをご注文したお客様に対してそんなことを思いながら、この日は深夜まで配達を続けました。