こんにちは、獣医師の北澤功です。僕が動物園に勤務していたころに出会い、獣医師として必要なことを教えてもらったチンパンジーのアニー。今回は、その子どもであるアサコのその後についてです。
前回の記事を読んでいたただけると、話がわかりやすくなるかと思います。
チンパンジーとオラウータンを一緒に育てる
まず、おさらいがてらアニーの話を少しさせてください。
メスのチンパンジーのアニーは、母親に育児放棄されてしまい、人間の手で育てられました。最初は僕の言うことなどまったく聞いてくれませんでしたが、接し方などを変えていき、少しずつ仲良くなることに成功。月日が経ち、アニーも赤ちゃんを産みました。その赤ちゃんが今回の主役であるアサコです。
アニーはアサコを産んだものの、自分が母親に育てられていないため、接し方がわからず、育児放棄をしてしまいました。その後、離れ離れで暮らしていたある日、アニーは亡くなってしまいます。
ここから、今回のお話の本題に入っていきます。育児放棄されてしまったアサコは、僕が育てていくことになりました。アサコが生まれたのとちょうど同じころ、動物園にはアサコと同じく育児放棄され、人の手で育てられていたメスのオラウータンがいました。名前はフジコと言います。
僕は2匹を一緒に育てることを思いつき、すぐさま行動に移します。いざ一緒に育ててみると、アサコとフジコはとても相性が良く、一つの保育器の中でいつも抱き合って眠ります。その様子は、本当の姉妹のように見えました。
2匹を一緒に育て始めてから、僕の毎朝一番の仕事は育児室での哺乳になりました。温めたミルクを手に持っている僕を見ると「お腹すいた」「抱っこ抱っこ」と言わんばかりにピーピー鳴くので、保育器から出して、左右の腕にそれぞれ抱っこします。すると、朝の挨拶として頬にキスしてくれるんです。
その後、1匹ずつテーブルの上でおむつを替えてきれいになったら、次は哺乳瓶でミルク(人間の粉ミルク)をあげます。飲み終えた2匹を抱っこをしていると、僕の肩に頭をのせて、うとうとしながら眠りに就く……。この姿がなんとも可愛いらしいんですよねぇ。
ミルクから離乳食に変わり、しっかりと自分でごはんを食べるようになると、それぞれのケージの中で過ごすようになりました。
元気いっぱいで好奇心旺盛なアサコは、とにかく遊ぶことが大好き。暖かい日は、外で日向ぼっこをしたり、僕と一緒に遊ぶのが日課。木登りをしたり、長靴を頭にかぶったり、段ボールの中に入ったりと、常に走り回っていました。
スクスクと成長し5歳になり、体も大きく力も強くなってきたアサコ。いつまでも僕たち人間と一緒にいるわけにはいきません。小さいころ一緒の環境で育ったフジコも、母親のオランウータンとの同居を始めていました。アサコもチンパンジーの群れの中で過ごす必要があります。
しかし、人間に育てられたアサコは、自分を人間だと思っている様子。チンパンジーの群れを怖がり、見るだけで悲鳴をあげてしまうのです。すると、群れの中にいたオスのチンパンジーのサトシが、その声に反応して威嚇をします。
オスのサトシに攻撃されたら、アサコはひとたまりもありません。こんな状態でいきなり群れに入れるのは危険なため、まずは優しい性格のメスのチンパンジー、ミセスと一緒に生活させることから始めました。
しばらくすると、アサコがミセスに慣れた様子が見られたため、いよいよサトシと一緒にすることに。初めのうちは、サトシはアサコの存在を全く気にしない様子で、お互いに離れていたのですが、緊張のあまりアサコが“キ~”と声をあげてしまいました。
するとサトシは、“ホーホー”と大声で泣きながら、アサコに突進。自分よりはるかに大きいオスが向かってくることに恐怖を覚えたアサコは、いっそう大きな口を開け叫び続けました。その開かれた口に、サトシは鋭い犬歯で噛みついたのです。
チンパンジーに限らず動物界における喧嘩の場面では、お尻をむければ「参りました」という合図になり、それ以上は襲われないのですが、アサコは口を大きく開け、武器である犬歯を見せてしまったため、それが攻撃の合図となり、襲われてしまったのです。
僕たち人間は、食事を与えたりお世話することはできますが、チンパンジー界のルールや群れでの所作を教えることはできません。