もともと呼吸の大切さを知っていた日本人

呼吸チェックはできましたか?

日常的にかなり強度の高いスポーツ、筋トレなどをしているのに理想的な呼吸になってはいないという人も多かったのではないでしょうか。ふだんの呼吸状態をチェックし、呼吸に意識を向けることが最初の一歩です。

日本人はもともと「呼吸」を大切にする文化を持っています。武道などでは「間合い」「気」を重んじますが「吐くは実の息、吸うは虚の息」といった言葉もあります。これは息を吐いているときのほうが集中力が高まっており、吸うときに「隙」ができるといったことを意味しています。

また、日本には日常的に「気が合う」「息を合わせる」「ひと息入れる」など、数えきれないほど「呼吸」に関する慣用句があります。これは日本人には限らないかもしれませんが、何か重いものをみんなで動かそうとするときには「せーーの」と掛け声をかけて、全員が一瞬息を吸い込み、同時に吐きながら力を込めます。これはまさに「息(呼吸)を合わせている」という状態です。

「そのほうが力が入る」ということを、多くの人が経験的に知っていますが、実際に近年の科学的な研究で、息を吐くときのほうが吸うときよりも集中力が高まり、結果的に強い力が発揮できることがわかっています。

「この人とは気が合う」という言い方をよくしますが、実際に仲のいい夫婦や恋人、親友がいっしょにいる様子を観察すると呼吸のスピードや深さ、タイミングがほぼ合っていることも知られています。

古来、座禅や瞑想では呼吸が大切とされ、さまざまなシーンで「丹田(おへその少し下)に力を入れなさい」ともよく言われます。もちろんおへその下の筋肉を鍛えろという意味ではなく、今の言葉でいうなら「体幹を意識する」に近いと思いますが、むしろ「腹を据えてかかる」「肝を据えろ」といった言葉に通じるものです。

要するに、雑念のない集中力を高めた状態で冷静にことに当たれ、という慣用句ですが、この「丹田を意識する」ために重要なのが呼吸です。

ゼエゼエハアハアと肩が動くような浅く短く速い呼吸は、交感神経を優位に導き、過度の緊張を呼んで集中力を削ぎます。無心になって集中する、という状態とはほど遠いものになってしまうからです。

▲もともと呼吸の大切さを知っていた日本人 イメージ:PIXTA

理想的だったイチロー選手の呼吸

日常的に激しいスポーツをしているからといって、呼吸が上手とは限りません。

私はオリックスブルーウェイブ(現・オリックス・バッファローズ)、さらにメジャーリーグのシアトル・マリナーズでアスレティックトレーナーとして働いてきましたが、強靭な肉体を持つメジャーリーガーであっても、肩や首周り、背筋に強い力がかかる緊張状態が「常態化」していて、じゅうぶんに酸素を体内に取り込めず、状況に応じて最適な呼吸を選択できない人はたくさんいました。

プレッシャーがかかるシチュエーションで、精神的な緊張からフォームがバラバラになり力を出せないケースもしばしば見てきました。

筋トレに熱心で首・肩・背中などの筋肉が隆々とはしていても、ガチガチに固まり、呼吸に必要な筋肉がまったく動かず、肩を上下させてやっと呼吸しているような人もよく見かけます。しかし、超一流といわれる選手に共通していたのは「日常の呼吸が非常に深く、ゆったりしている」ということでした。その筆頭がイチロー選手です。

こうした呼吸ができている選手は、感情や思考のコントロールが上手で、ストレスへの対処も巧みです。強いプレッシャーがかかり緊張を強いられる場面でも、最大のパフォーマンスを発揮できる人が多かったのです。

とはいえ、これはそれまでの「経験」で知っていたにすぎません。実際、人間は 落ち着こうとするときはお腹の底から「ふーーーっ」と大きく息を吐き、「よし! 行くぞ!」というときは、肩をそびやかすようにして強く息を吸ったりします。

「緊張したら深呼吸!」ともよくいわれます。実際に「確かに効果はあるように感じる」ものの、科学的にどんな根拠があるのか、は長年わかっていませんでした。そのため、呼吸法というのはどことなく「限られた人による秘伝」とか「宗教がかったもの」とも捉えられがちでした。