結婚式の司会が人生の分岐点に
その後もダラダラとつまらない仕事を3年ほど続けていたある日、短大時代の友人の結婚式で、俺は司会を頼まれた。
ど素人の俺が結婚式の司会をやったのだ。
初めての経験だったが、マイクを持つ俺にみんなが注目してくれるのが気持ちよかった。結婚式で言ってはいけないNGワードがあるなんて知らなかったけど、学園祭を盛り上げてきた経験もある。「まぁなんとかなるだろう」くらいの気持ちだった俺は、面白いことを言えば列席者が笑ってくれて、俺のひとことで場の空気が変わる快感を味わった。
新婦は、短大時代にバイトしていたクラブで働いていた子だったが、堅苦しくない楽しい結婚式にしたいと言っていたから、俺も気合を入れて盛り上げた。参列しているお客さんたちが笑ってくれるのがうれしかった。
友人たちも「楽しかった」と口々に言ってくれた。なによりも俺自身が楽しんでいたし、帰り際、結婚式場の人が「こういう仕事に向いてそうですね〜」なんて言ってくれた。お世辞もあったと思うが、学生時代から目立ちたがり屋だった俺の心に、何か一筋の光が見えた気がした。
しかし、翌日から始まったのは、またつまらない毎日。仕事は楽しくないし、やりがいなんか全く感じられない。なぜ働くかといえば、給料がもらえるから。ただただ社畜と化して与えられた業務をこなし、給料日を待ちわびる生活を一生続けることが耐えられなかった。
翌週、俺は結論を出した。
芸能界で売れてスーパースターになる。
あの結婚式の日から、芸能界という今までまったく無縁に見えた世界が、手を伸ばせば届くところにあるように思えたからだ。俺は暗い部屋で自分の未来を想像した。そこには派手な車に乗って、きれいなおねえちゃんをはべらせている姿があった。
この先の俺の人生は順風満帆だ。
翌朝、俺は朝一番で上司に辞表を提出し、会社を飛び出した。そこから20年以上の苦労が始まるとはつゆ知らず……。
(構成:キンマサタカ)