三沢がエルボーに着目したのはすごいと思う

全日本の新たな路線は決まった。あとは日本武道館決戦を前に、三沢がタイガーマスクのイメージを払拭して、ファンに「鶴田に勝てるかも?」という期待を抱かせることが必要。この後楽園の三沢&田上&小橋健太vs鶴田&カブキ&渕は、まずファンを振り向かせるという意味で、本当に重要な一戦だった。

この日、後楽園に届けられたばかりの、グリーンを基調にシルバーのデザインが入ったロングタイツとシルバーのリング・シューズに身を包み、ジャッキー・チェンの映画『スパルタンⅩ』のタイトル曲で入場した三沢。すべてが新しくなっていた。振り返れば、タイガーマスクはコスチュームからサインまですべて用意されていたが、今回はすべて自分で決めた。入場テーマ曲も自分でセレクトしたのである。

タイガーマスクから生まれ変わった三沢は、試合でも魅せた。7分過ぎ、コーナーに待機していた鶴田の側頭部に右のエルボーバットを見舞うと、不意を衝かれた鶴田は場外に吹っ飛んで、しばらく戦闘不能状態になるアクシデント。エルボーの一撃というシンプルな技が、試合の空気を一瞬にして変えたのである。

息を吹き返した鶴田は、試合の流れを無視してリングに躍り込んで三沢に殴りかかり、応戦した三沢が馬乗りになってエルボーを乱打するという、殺伐とした展開に場内は騒然。慌てて両軍の選手が割って入って試合は軌道修正され、最後は三沢がタイガー・スープレックスで渕を仕留めたが、試合後も鶴田は「この借りは日本武道館で返す。死に物狂いでこい……ぶっ潰してやる! 横綱相撲を取ってやる」とすごい剣幕だった。

一方の三沢も「俺を甘く見るから、ああいうことになるんだよ。リング以外では顔も見たくないし、しゃべりたくもない。あの人に負ける気はしないよ」と、これまでにはない激しい言葉を発した。

感情剥き出しの両雄、そして鶴田を昏倒させた三沢のエルボー……発表された鶴田vs三沢は、ファンの想定外の流れになり「あのエルボーがあれば、ひょっとしたら勝てるかも?」という期待を抱かせた。全日本の風向きを変える、まさに神風と言ってもいい一撃だった。

「鶴田さんを場外に吹っ飛ばしたのは咄嗟というか、偶然というか……。でも、それを自分の技にしたっていうのは、三沢ならではの感性だと思うよ。実は全日本のプロレスでは、打撃技っていうのは重要なポイントになっているんだよ。馬場さんの振り下ろす脳天チョップ、天龍さんの横へ振り抜く逆水平チョップ、鶴田さんのジャンピング・ニーパット、ハンセンのラリアットもそうでしょ。

そこで三沢がエルボーに着目したのはすごいと思うな。キックだったらタイガー時代からやっているから新鮮味はないし、他団体や全日本の中でも川田が使っていたからね」と分析するのは渕だ。

三沢本人にエルボーを武器にした理由を聞くと「ぶっちゃけ言えば、偶然だよね。でも肘はとりあえず、残された一番怪我をしてない場所だったからさあ。それに大きい相手だと持ち上げる技はスタミナを消耗するし、有効なものってなると、やっぱり打撃系になるじゃん。でも蹴り系だと、どうしてもモーション、動作が大きくなっちゃうからね。そうすると残っているのは肘だよね」という答えが返ってきた。

▲鶴田の三沢への攻撃は明らかにほかの選手よりも厳しかった