「調子に乗るな」と「あなたはすごい」のバランス

――この本には、人を育てるたくさんのヒントが書いてあるので、子どもの教育に役立てる人も多いと思うんだけど、同時に、日本で一流のスポーツ選手を育てる難しさというのも感じたな。日本だと、子どもたちには「謙虚さが大事」だと教えなくてはいけないでしょう。「自分の力を過信するな」とかね。

大坂 私たちが子どもの頃は、ずっとそうだったよね。親から「調子に乗るな」とか「自分を何者だと思ってるんだ」とか言われたよね。「出る杭は打たれる」みたいな。謙虚が一番、自分が一番だと思うな、まだまだだって言われて。ずっとそういう感じで躾されて大人になったから。

でも、スポーツ選手を育てるには、それではダメだと思うんだよね。「調子に乗るな」っていうのと、「あなたはすごい」っていうのをバランスをとりながら、接するのが大切だと思うんだよね。ただ、自信を持たせるためにおだてることも大切だけど、そればっかりでもダメだし。そのバランスが難しいと思う。

――そのバランスに気をつけて接していたのね。

大坂:うーん。私の場合は長女だから、昔の保守的な考えの親のもとで「調子に乗るな」って言われて育てられてきたんだけど、うちの夫はそれとは反対で。ほら、カリビアンだから(笑)。「あなたはなんでもできる!」「あなたが一番!」って環境で育ってきたのね。

夫の母はすごいの。「あなた、歌手になりたいの? はい、なれるなれる!」って感じで(笑)。彼女といると、何もできないことはないって気持ちになるのね。そんな人に育てられているから、夫も「人生は簡単だ」とかいう考え方になるわけ(笑)。

そんな具合になんでもグイグイ決めていくんだけど、あとでこの始末をするのは誰?って思うこともしょっちゅう(笑)。まあ、私と夫のコンビネーションが、ある意味うまくいったのかもね。両方とも厳しいばかりだと、子どもの心がポキンと折れちゃうかもしれない。

――マックスさんに出会って影響された部分も多いの?

大坂 それはあるよ、やっぱり。私、本当に若い頃に彼と会って、彼と一緒に育ったようなものだから。初めて出会ったのが21歳のときだったのね。だから一緒に成長していったというか、人生の形成に大きく影響されたっていう感じで。私の出身地、北海道の根室は田舎で、うちの父はとにかく保守的な人なのよ。一方、夫はカリブ海からニューヨークに行って、大学行って、その途中で日本に来て。全く別の世界の人でしょ? 

そんな人に21歳のときに会ったから、夫には「そういう考えもあるんだ」って思わされることの連続だった。それで何十年もきたから、半ば”お父さん”みたいな感じでもあるね。アドバイザーっていうかね。

もちろん尊敬はしてるんだけど……ほら、私、負けん気が強いから(笑)、自分が正しいと思うことは主張したいのね。でも、彼は「こういう方法がいい」と譲らなくて、それでいつも議論になるの。議論っていうといい言葉だけど、かなりやり合ってる(笑)。自分が正しいってことを、お互い言い合ってるわけ。そんな感じよ(笑)。

――でも、本を読むとさ、旦那さんに突然「引越しするぞ」〔註:日本からニューヨーク、ニューヨークからフロリダと2回引越ししている〕って言われて、2回とも素直に従ってるわけじゃん。文句を言いながらも従ってるよね。

大坂 そうでしょ? 従順な妻でしょ(笑)。

――その適応力はすごいよね。だって、それまでやってた仕事も環境も全部捨ててるわけで。

大坂 自分としては夫に対してもう煮るなり焼くなり好きにしろって感じで(笑)。ついてってみて、もうダメだったらしょうがないなって。

――そんな覚悟ができる関係性ってすごいよ。人生に保険をかけてない。そんな生活から、今はまりさんもなおみさんも親元を離れて、環は自分の人生を送っているわけだけれども、ケアする人がいなくなった寂しさというのはあるのかな。

大坂 普通の人なら、小学校・中学校・高校・大学と“段階”があるじゃない。でも、うちはその段階が全くなかったんで、いきなり巣立った感じだから、ホント、ポカーンと大きな穴が空いたって感じだった。

――じゃあ、このタイミングで本を出すっていうのは、気持ちの整理というか、今まで環が歩んできた道のりを振り返るには、いい手段だったのかな。

大坂 ちょうど子どもが巣立っていって、この歳になった今、深呼吸して考える時期だったのかもなと。

▲『トンネルの向こうへ「あと一日だけがんばる」無謀な夢を追い続けた日々』(集英社:刊)