FMWの本なのに大仁田厚に取材をしていない!?

7月27日に“異色”のプロレス本が出版される。小島和宏の新刊『FMWをつくった男たち』(彩図社:刊)がそれだ〔※書泉グランデ、書泉ブックタワーの両店では7月23日から先行発売&発売記念フェアを絶賛開催中!〕。なにをもって異色なのかというと、著者みずからが「こんな異色すぎる本、今までだったらありえなかった!」と公言しているほどなのである。

小島和宏といえば、NewsCrunchではアイドルのインタビューやライブレポートでおなじみだが、そのルーツをたどると週刊プロレスの取材記者。90年代には大仁田厚率いるFMWの担当記者として、毎週、日本中を飛び回っていたという。バリバリの番記者だった人物が、あれから30年以上経った今、なぜ「王道」の回顧録ではなく、あえて「邪道」な一冊を書き上げたのか? その真意を聞いてみた。

――小島さんは昨年8月に、伝説のカルト団体の旗揚げから終焉までを描いた『W★ING流れ星伝説』を出版されました。今回の『FMWをつくった男たち』も、その流れを汲む一冊ですよね。

小島和宏(以下、小島) これがちょっとややこしい話なんですけど、じつは制作にとりかかったのは『FMWをつくった男たち』のほうが先だったんですよ。そもそも2020年8月4日、つまり世界初の電流爆破デスマッチが開催されてから、ちょうど30周年にあたる記念日に発売するつもりでした。もう日取りを見れば、いろいろわかりますよね?

――コロナ禍で取材ができなくなってしまった、ということですか?

小島 そのとおりです。この本の取材は、地方に飛ばなくてはいけない案件が多くて、緊急事態宣言が出されたことで、まったく進まなくなってしまった。リモート取材という手段もあったんですけど、やっぱりね、ある年齢層から上になるとリモート取材を嫌がるんですよ。実際に会って話そう、と。僕も正直、リモート取材は苦手なので、じゃあ、一旦、すべての作業をストップしようと。で、結果として『W★ING流れ星伝説』のほうが1年早く世に出ることになった。W★INGは昨年が生誕30周年だったので、その発売日はちょっと動かせないな、と。

――そういう事情があったんですね。

小島 でも、結果として、その順番でよかったと思います。というのも、W★INGの関係者には元FMWのスタッフが多く、W★INGの話を聞いた時点で、もうFMW本の予備取材ができてしまった。そして、いろいろな人脈もつながったんですよ。順番が逆だったら、どちらの本もかなりテイストが違っていたと思います。なんというか、ここまでマニアックにならなかったかも(笑)。

▲この本の取材に全面的に協力してくれたというOGの工藤めぐみさん。彼女自身の証言だけでなく、営業サイドから見た彼女の興行的価値なども改めて評価されているのは非常に貴重だ。工藤さんは8月7日の出版記念イベントにも参戦が決定している。

――ある意味、運命的というか、必然的というか……。

小島 必然だったと思います。昨年の秋、緊急事態宣言が全国的に解除されたとき、これは今のうちにまとめて取材をやっちゃわないと、また身動きがとれなくなると思って、9泊10日の取材旅行のスケジュールを組んだんですよ。

――海外旅行でも、そんなに長い日程、なかなかないですよ(苦笑)。

小島 実際には関係者のインタビューの前後にアイドルの取材をくっつけたので、こんなに長くなっちゃったんですけどね。NewsCrunchでいえば、ちょうど『毎週アメフラっシ!』の連載が佳境を迎えていたので、彼女たちにとって初となる東名阪ツアーに帯同したいな、と。名古屋公演の前と大阪公演のあとにFMW関係者の取材を詰めこんで、アメフラっシのライブもがっつり取材しました! スケジュールが長いだけでなく、毎日が濃かったです。

――ここまでの話を聞くと、本格的なドキュメント本のように思えるんですけど、いったいどこが「異色」なんでしょうか?

小島 FMWといえば、大仁田厚を抜きにしては語れないと思うんですけど、この本では大仁田厚に取材をしていません。もっといえば大仁田厚が主役じゃない。

――えーっ!

小島 担当編集も同じリアクションでした(笑)。ただね、大仁田厚を主役とした物語はこれまでに何冊も出ているでしょ? それをいまさら俺が書く意味、ある? というのが正直なところ。それに以前から書いておきたかったんですよ、大仁田厚が「涙のカリスマ」と呼ばれるようになるまで、人知れずFMWを支えてきた裏方たちの物語を。もちろん話の中心軸には常に大仁田厚がいるんですけど、そのときスタッフは何を考え、どう動いてきたのか、というのがこの本のメインテーマです。

「大仁田厚がいなかったらFMWは成功しなかった」が大前提としてあって「でも、その裏で一緒に泣き、笑い、汗を流してきた裏方たちがいなかったら、電流爆破デスマッチで一大ブームになる前にFMWは潰れていたかもしれない」という知られざる歴史の部分ですよね。おかげさまで、昨年の『W★ING流れ星伝説』が好評だったので、あの本のテイストをそのまま活かして、より読みやすさにこだわりました。

――たしかに読みやすかったです。リアルタイムでFMW創世記を見てきた人にはたまらないでしょうし、当時を知らない人には驚きの連続だと思います。平成のお話ではあるんですけど、平成元年って本当にひと昔もふた昔も前ですもんね。

小島 ほぼ昭和でしょ? だからこそインチキ臭いもの、胡散臭いものが世の中にも受け入れられた、というか。コンプライアンスなんて言葉、誰も知らなかったから(笑)。今ではできないことばかりだし、そりゃ、面白かったよね、と。そういう時代の空気は、平成を生きてきた人間がしっかりと令和の時代に遺していかなくちゃいけない。とくに90年代前半って、まだインターネットが普及していなかったから、なんにも記録が残っていないものも多い。その穴を書籍で埋めていけたらな、と。この時代に本を出す意味って、きっと、そういうところにもあると思うんですよね。