人生を変えた杉本彩の言葉
――ありがとうございます、その言葉で救われる方が多いと思います。あとは、芸能界に興味のなかった若林さんが、お芝居をしてみようと思ったキッカケが、またすごく興味深かったです。
若林 大学3年生の頃ですね。そろそろ就活をしなきゃいけないな、と思ったときに、大学の授業のゲスト講師に杉本彩さんがいらっしゃって。杉本さんは動物愛護の活動をされていたので、それについての講義だったんですが、その講義の最後、質疑応答があったんです。
ある質問者が「私も保健所から犬を1匹引き取ったんですが、1日100匹以上も犬や猫が殺されていて、私なんかが1匹引き取ったところで、意味がないんじゃないかと思うんです」と話したとき、杉本さんが「あなたが1匹2匹とおっしゃっても、そういった方がたくさんいれば、それは大きな力になっていくし、やがて世界は変わるんです。だからもっと、皆さん一人ひとりがメッセンジャーになってください」とおっしゃってて、そこでパッと開けた感じがあったんです。僕もメッセンジャーになろう、と。
――そこで、杉本さんの事務所にすぐ写真と履歴書を送ったんですね。
若林 はい、残念ながら採用はされなかったんですが(笑)。ただ、杉本さんのお話を聞いて、“自分が生まれてきたことに意味がある”って思いたかったんですよね。このまま自分が、“トランスジェンダーとして生まれたことがイヤだった”と思いたくなかったというか、どうせだったら、死ぬときに“この体で生まれてよかったな”って思えるようにしたいな、と感じたんです。
――残念ながら杉本さんの事務所は入れなかったですが、いくつからの芸能事務所に履歴書を送って、見事に合格されたんですよね。
若林 はい。そこから大学卒業までは、大阪から東京に週1回、芝居のレッスンを受けに行ってました。大学を卒業してから上京したんですが、レッスンと並行して、舞台に足を運ぶようになって、どんどん魅了されていって。
――魅了されたのはどういうところですか?
若林 現実であったこと、ないこと、どちらもファンタジーとして表現できるのがいいなって思いました。
――ないことをファンタジーとして描く、というのはわかるんですが、現実であったことをファンタジーというのは?
若林 2016年に『カムアウト』という、レズビアンコミュニティを題材とした舞台を見たのですが、その作中でレズビアンの方が亡くなったお父さんにカミングアウトする、というシーンがあったんです。そのシーンがあまりにも素敵で、当時めちゃくちゃ感銘を受けたのですが、でも”亡くなった方にカミングアウトする”って、現実では起こり得ないことじゃないですか。ただ、”大事な人にカミングアウト”する、ということは現実に起こり得る。実際にあることをファンタジーとして描けることの面白さを、そこで感じたんです。
――なるほど。それが、現実であることをファンタジーとして描く、ということですね。
若林 その作品を見終わったあと、いろんな思いが込み上げてきて。舞台や作品は、考えるキッカケ、人の心を動かせるキッカケになると感じたことが、魅了されたところでしたね。
――お芝居は楽しいですか?
若林 難しい、でも楽しいですね。今回出演させていただいているドラマ『チェイサーゲーム』で演じている渡邊凛という役は、同じトランスジェンダーという設定なんですが、“凛はこれまでどう生きてきたんだろう”って考えると、いくらでも考えられる。もちろん、同じトランスジェンダーだとしても、僕と凛は全然違う人間。監督とのすり合わせも必要だし、台本からも読み取らないといけない、難しいけど、それがバチッとハマったときがすごく楽しいです。
――リリースを拝見させていただいて感動したんです。読んでみて、僕も理解が足りなかったなと思ったんですが、たしかにこれまでの日本の作品では、トランスジェンダーの役をシスジェンダーの方が演じることが普通だったんだなって。
若林 ありがとうございます。じつは、僕が演じる渡邊凛という役は、原作には出てこなかったんです。脚本のアサダアツシさんが、今回、パパ活とか現代の日本で起こっていることがドラマのなかに出てくるから、新たにトランスジェンダーの役を作りたいと思ったらしいんですが、「もしトランスジェンダーの俳優さんがいないのであれば、その役自体をなくそう」と言ってくださったみたいで。
――日本では、そもそもトランスジェンダー男性が出てくる作品も少ないなかで、新しい一歩ですね。
若林 そうですね。“トランスジェンダー”というと、どうしても話題性が重視されてしまうことが多いなと感じていたので。凛がそうじゃない“一般企業で働くトランスジェンダー”役と知ったときは、すごくうれしかったですね。
――実際に今、演じてみてどうですか?
若林 一番苦労したのは、凛がゲーム好きってことですね、僕ほんとに全然知らなくて(笑)。だから、凛が好きなゲームの解説動画をずっと見ていました。
――(笑)、真面目ですね。
若林 周りの方々が暖かいのも本当にありがたいです。ドラマのレギュラーは今回が初めてだったので、“大丈夫かな”と少し緊張していたんですけど、主演の渡邊圭祐さんはじめ、皆さんいい人で救われました。和気あいあいという表現がピッタリなくらい楽しいです。