体育館の外で乱闘を繰り広げるタスケさんに・・・
この日もタスケさんは、そういう目に遭わされた。いや、もっとヒドかった。場外乱闘のまま相手ともみ合いながら体育館の外にまで出てしまった。
必死についていったぼくに、当日券売り場へいた宇佐川さんが「アンドレ、お客さんが外へ出ないよう入り口に立ってろ!」と、すれ違いざまに指示を出す。言われるがまま立ち止まり、クルッと振り向くとすでに目の前まで何十人という人が押し寄せていた。
「ここから外には出ないでくださーい!」と叫んだが、顔を赤くしたおじさんが「うるせー! こっちは金払ってんのに見せないっていうのはどういうことだ!!」と怒り出す。周りの子どもたち(といってもぼくも小学生だが)も「そうだよそうだよ!」と同調する。
ぼくは自分の体で入り口をふさぎながら、どうすればいいんですか?と助けを求める視線を宇佐川さんへ投げかけた。ところが、売り場にその姿はなく、すでに乱闘を繰り広げるタスケさんたちの近くまでいって、テッドさんと一緒に中へ戻すよう、うながしていた。そのさまはどこか楽しげだった。
押し寄せたお客さんたちは、ガラス越しに外を見て盛り上がっている。ここで、どこからともなくけたたましいクラクションの音が響いてきた。
あれは宣伝カーじゃないか。今大会のポスターがオンボロになったボディーへバンソウコウのようにベタベタと貼られている。
それがタスケさんに向かって突進! 正面衝突するや、黒い人影が吹っ飛んだ。
「おーっ!」と沸きあがったどよめきは、歓声なのか交通事故を目の当たりにした悲鳴なのかと思ったが、はね飛ばされながらタスケさんにはまったく悲壮感がなかった。だから、お客さんも暗い気分になっていないのだ。
宣伝カーの運転席から出てきたのは、北野武先輩。あの有名な映画監督と同姓同名であり、ものすごくいかつい顔をしている上に頭がモヒカンというビジュアルなので、すぐに憶えた。
「バーカ! おまえなんか一生死んでろ!」
北野先輩は倒れるタスケさんを踏んづけながら、そう吐き棄てて体育館の中へと入っていった。ここでお客さんの一人が「一生死んでろっていう言葉使いはおかしいぞ!」と突っ込むと、笑いに包まれた。
自力で立ち上がったタスケさんは、すでに北野先輩の姿が見えなくなったにもかかわらず「おい、タケシィ! おまえなあ…宣伝カーでぶつかって壊れたら、明日から宣伝できなくなるだろうが!!」と、うめくような怒声をあげる。その言葉に、また笑いが起きた。
「車でひかれたのに、拾うのはそっちかよ!?」
ぼくに限らず、その場にいた全員が頭の中で突っ込んだはずだ。いったい、この空間はなんなのか。
目の前で人がひかれたのに、みんな楽しそうにしている。はねられた本人もそれをまったく大ごととしてとらえていなさそうなのだ。
あっけにとられるぼくに対し、宇佐川さんは横を通りすぎるさい「あれがタスケ社長の人間力よ」と耳元でささやいて、売り場へ戻っていった。確かに、あそこでほかの人がはね飛ばされていたらとんでもなく暗い気分になっただろう。
タスケさんだから楽しめる。また、本人もそう受け取ってもらえることを望んでいる。
「プロレスラーにとってもっとも重要なのは、いかにお金を払って来た客を喜ばせるかだ」
脳内でタスケさんの言葉を反すうする。はた目から見たら単にフザケているようにしか映らないのかもしれない。でも、高いところから落ちても、車にひかれてもタスケさんは休まず、次の試合も必ず出場する。
それには当たり前だけど、日頃から鍛えていないと体が壊れてしまう。プロレスラーは勝敗を競う強さだけでなく、肉体そのものも信じられないほど頑丈であれ。タスケさんは、身をもってそう訴えているんだ…そんな気がした。
体育館の中へ戻ると、タスケさんはコーナーポストから飛んで寝ている相手の頭にキックを突き刺す技で3カウントを奪っていた。車にひかれても勝つ人間…そして、右手を高々とあげたままの状態でマット上へ倒れた。
もう、それだけで100人にも満たない客席がドッカーン!なのだ。普段は静かな田舎町に住む皆さんにとって、プロレスがどれほど刺激に満ちあふれているか。見ていて、自分まで嬉しくなってしまう。
マイクを握ったタスケさんは、20秒以上も「ゼー、ゼー…ゼー、ゼー!」と荒い息をそのまま聞かせた。最後は意図的にビックリマークをつけているように思えた。
「ゼー! ゼー!! 今日はこんなにたくさんの皆様にお集まりいただき、ありがとうございました! まさか試合中、車にひかれるとはまったく予想していなかったのですが…」
すかさず客席から「この前もどっかでひかれてたべ。知っとるぞー」と、絶妙すぎる突っ込みが入る。みんなが爆笑に包まれ、ぼくも思わず吹き出してしまったが、タスケさん本人は真顔のままで「そうでしたっけ? 頭打ってるんで憶えていないんです。すいません!」と言い切った。
そんな観客とのやりとりのあと、この日も「皆さんが一人でもいる限り、東北プロレスは永遠に不滅だーっ!!」の言葉で締められたのだった。ぼくは花道を戻るタスケさんを控室へと誘導する。
アリーナとの扉が閉じられると、タスケさんはぼくの方を向いた。ハッと息を飲んだ。明らかに、その表情は怒っていた。