無駄な経験はひとつもなかった

――先ほどもチラッとお話させていただきましたが、この本には「家族を売った」というわりとセンセーショナルな言葉も出てきます。にしおかさんの中で、そこに対する葛藤はあったんでしょうか?

にしおか もちろんありましたが、それは連載を始めるときに散々迷って、葛藤があって、それでも行こうと自分の中で決心をつけたことなんです。家族を売ってごめんね、だけだと誰も幸せにならない。そんなこと考えても仕方がないから、“もう思わない、とにかく書く”ということを考えました。それでも、時々は思ったりするんですけどね。

――個人的にはめちゃくちゃエンタ世代なので、にしおかさんのネタとか、平場での振る舞いの延長線上に文筆活動があると思ってるんです。すごく構成がしっかりしたネタをやられていたし、バラエティでもちゃんと受け身を取れていましたよね。

にしおか いやいやいや! 言われたことないです、そんなの! バラエティだってうまくできませんでした(笑)。

――いや、僕は本当にそう思ってて。ピン芸人さんの教科書みたいなネタだなって。

にしおか 本当ですか? 逆にあの頃、そう言われたかったですよ、本当に。ネタ見せのダメだしとか、ひどかったんですから(笑)。

――(笑)。でも、すごく人間味が滲んであふれてる文章だなって思いました、あと、もしかしたら落語をやられてたのも関係あるのかなと。文章にリズムとビートがあるなって思ったんです、落語って心地良いじゃないですか。

にしおか リズムとビート! それカッコいいから私も使っていいですか?(笑)。ただ、何に影響を受けたかって自分ではよくわからないんですけど、今言われて改めて感じたのは、無駄な経験はひとつもなかったなあ、これまでやってきたいろいろな経験が今こういう文章になってるんじゃないかと思います。

――先ほど「悩んでいる人が少しでも笑ってくれたらいい」っておっしゃってましたが、この本を読むと、にしおかさん自身が心折れてしまっても仕方ない瞬間が山ほど出てくると感じたんです。にしおかさんが心折れたとき、どういうふうに自分を保っていましたか?

にしおか いや、もう折れたままですよ、ボキボキに折れたまんま。それで凹みますよね、解決方法もないから悶々とするんですけど。でも結局、ネガティブな感情で先々のことを考えても、いいことないんですよ。イヤな気持ちになっちゃう。だから、今日笑えるかなとか、明日の朝ごはん何にしようかなとか、なるべく近い未来のことを考える。それを一日一日でいいんで、長く続けていく感じですね。

そりゃ先々まで計画を立てられる人はすごいと思いますよ。でも、どんなに計画を立てたところで、私はSMの衣装を着て舞台に立ってる未来なんて、想像できなかったんですもん(笑)。

――(笑)。

にしおか 先のことを考えても絶対ブレちゃう。だったら、とりあえず今日、明日のことを考えて生きてみよう、そう思ってます。