「おもしろ荘」で優勝したぺこぱだが・・・
「お前ら絶対、芸人辞めんなよ」
そう言いたいのは山々だった。だが、そんな無責任なことは言えなかった。前の事務所の頃から一番かわいがってきた後輩だからこそ、そんな軽はずみなことは言えない。たとえ気休めだとしても、俺の偽らざる本音だとしても、それだけは言えなかった。
貧乏な生活で売れない芸人を続けていくことが、どれだけ大変なことかは俺のほうが知っている。その日の飲み会は、まったく盛り上がらないままお開きになった。
しばらく経って、M-1グランプリの3回戦でぺこぱがかけたネタの動画を見る機会があった。今までのネタとは全く違うアプローチ、相手を否定しないで肯定し続ける漫才の走りとなる形がそこにあった。
面白い、これは面白いぞ! すぐに松井にメールした。
「おい、このネタはマジでいいぞ! めちゃくちゃ面白い!」
滅多に褒めない俺がそんなことを言うもんだから、松井は本当にうれしそうだったが、残念ながらその年は準々決勝で敗退。だが、年末の次世代スター発掘番組といえる『ぐるナイ』の「おもしろ荘」では見事、優勝を勝ち取る。これまで日の目を見なかったコンビが売れる気配を確実に感じた。
しかし、その波に乗ることができないのがベテランの悲しさ。優勝したぺこぱより、同じく「おもしろ荘」で活躍したサンミュージックの若手、夢屋まさるが「パンケーキ食べたい!」のネタで大ブレイクを果たす。
年始の「おもしろ荘」の恩恵に預かることができなかったぺこぱは、そのまま新しい春を迎えることに。同時にぺこぱの所属するオスカープロモーションは、お笑い部門から撤退を発表した。10年ほどお笑いに参入してみたものの、スターは生まれないし、見込みのあるヤツに限って他事務所に移籍してしまう、そんな現状に業を煮やした事務所がとうとう見切りをつけたのだ。
その一報を誰よりも早く耳にした俺は、すぐに松井に連絡する。
「TAIGAさんと飲みたいです!」
近所の焼き鳥屋に呼び出した松井に、前からずっと思っていたことを提案する。
「サンミュージックに来るか? 口聞いてやるけど」
本当は一緒にやりたかったが、あえてぶっきらぼうに言うと、
「ありがとうございます。でも『うちに来てください』と言ってくれるとこに行こうかと思ってます」
と、松井は前のめりで答える。おもしろ荘優勝という実績があれば、手を挙げる事務所はいくらでもあると、たかをくくっていたのかもしれない……。