芸術で金儲けするのはクソッタレ

――済東さんが考えるルーマニア映画の魅力を教えてください。

済東 そもそも、ルーマニア映画を見ようと思った経緯として、高校時代に夏目漱石を読んでいたときのように、“他の日本人が見ていない俺”に酔いたかった部分が大きいです(笑)。

ただ、実際に見てみると、とにかくその暗さに心を奪われました。ラブロマンスやアクションの映画にはない、映像それ自体が暗かったり、登場人物の表情をドアップにしてじっくり撮られていたりなど、気味悪さが一貫して映し出されていて、荒んでいた自分自身の心境にマッチしました。

なにより、抑圧された状況下で我慢を強いられながらも、それでも生きていこうとする登場人物から発せられる“生命力”にかなりパワーをもらいました。

――ストーリーも陰鬱としているのですか?

済東 基本的に、ルーマニアには娯楽映画と呼ばれるキラキラしたものはなく、憂愁なストーリーが多いです。例えば『ラザレスク氏の最期』は体調を崩した一人暮らしの老人が病院に搬送されるのですが、次々とたらい回しにされるというルーマニアの医療システムの腐敗を描いた作品です。

第60回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した『4ヶ月、3週と2日』は中絶禁止の独裁政権下において、中絶を望む友人を助けようとする内容です。息苦しいリアリティと性差別の実態が映し出された素晴らしい作品でした。

――なぜ暗い作品が多いのでしょう。

済東 ルーマニアでは、映画もそうですが「芸術でお金儲けをする」という発想がそこまでありません。芸術は資本主義と最も距離が置かれた存在なんです。

俺は、言ってしまえば「芸術が金と結託するとクソッタレになる」と思ってるのですが、そこまでではなくとも彼らのなかには「芸術が金と結託するのはよくない」という、ある意味クラシカルな考えを持っている人も多くて、社会問題や政治批判をテーマにした重厚な作品が作られやすい。加えて、大衆や資本家に媚びることがないため、監督の個性が色濃く出た魅力的な作品が多く生まれるのではないでしょうか。

現地に行かなかったからこそ見えてくるものがある

――日本人で初めてのルーマニア語作家になりました。前例のないことへの挑戦に恐怖心などはなかったのですか?

済東 正直、全くなかったです。というのも、ルーマニア映画に魅了されてルーマニアという国に興味を持ち、そこからルーマニア語を学ぶようになったのですが、とにかくそれが楽しかった。その後、ルーマニア語習得のステップアップとして自分で書いた小説をルーマニア語で書くようになりました。

もちろん「誰かに読んでほしいな~」という欲望も生まれ、それが目に留まってデビューするに至りましたが、ただただ楽しかったことを突き詰めた結果でしかありません。その最中には恐怖とか感じている暇はなかったです。後々、冷静に振り返って“やべぇことしたな”とは思いましたけど(笑)。

――恐怖にさえ気づけないほどのめりこんでいた?

済東 そうです。“ルーマニア語で小説を書くこと”はあくまでルーマニア語を学ぶための手段でしたが、いつの間にそれと並ぶ目的になりました。何かを続けるにあたって、手段がそのまま目的になってしまう、そんな本末転倒って、じつは重要なのかもと思います。

もし俺がルーマニアに住んでいたら、ここまでの可能性は開けなかったと思います。ルーマニアに住むのであれば、ルーマニア語習得は趣味ではなく生存の手段になり、学ばざるを得なくなる。それでは、ルーマニア語を楽しむ余裕はなくなり、むしろウンザリしてしまい、小説家になれなかったかもしれません。

世の中には“百聞は一見にしかず”みたいな言葉が礼賛されやすいです。自分は現地に行かずにネットでしか情報を仕入れていません。ですが、一見しなかったからこそ、できることもあるのでは? と今感じています。

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――そもそも、やりたいことが見つからず悩んでいる人も多いです。済東さんならどのようなアドバイスを送りますか?

済東 主に2つあって、まず“目標を持つ”という目標を立てることがオススメしたいです。別に目標を実際に持つ必要はなく、“目標を持つ”というレンズで世界を見渡すことが重要になります。大学生時代は全くそういう余裕がなく、本当に無駄に過ごして壮絶な遠回りをしました。

――もうひとつは?

済東 やたらめったら、なんでも挑戦することです。俺の場合はとにかく映画を見まくりました。少なくとも日本人が見たことのない日本未公開映画を見まくり、その結果ルーマニア映画と出会い、ルーマニアにドハマりしました。この体験がキッカケで、今ではアルバニア語も学ぶようになり、東欧にめちゃ友達が増えました。

いろいろ挑戦することを異常なまでにやりまくったらからこそ、目的を見つけられたのです。とにかく「人と違うことしてる俺カッケー」っていう意識を持って行動することで、これまで見えてこなかった世界に出会えるので、“中二病マインド”を持つことも大切な気もします(笑)。

――最後に今後の目標や展望など教えてください。

済東 とりあえずルーマニアで本を出したいです。また、近々の目標として、そろそろ引きこもることにも限界あるので、金を稼ぎながら余暇を自力で確保できるようになれば……。今回、著書を出したことによってエッセイストという肩書きを手に入れることができました。これを起点に文章関連の仕事に取り組んで生計を立てていければ……。

ちょっと現実的な目標になりましたが、常に己に挑戦していく必要があると考えているので、いま勉強しているアルバニア語とルクセンブルク語を習得して、これらの言語で新しく詩や小説を書くことに挑戦したいです。夢はやっぱデカイほうがいいので!


プロフィール
済東 鉄腸(さいとう・てっちょう)
1992年千葉県生まれ。映画痴れ者、映画ライター。大学時代から映画評論を書き続け、「キネマ旬報」などの映画雑誌に寄稿するライターとして活動。その後、ひきこもり生活のさなかに東欧映画にのめり込み、ルーマニアを中心とする東欧文化に傾倒。その後ルーマニア語で小説執筆や詩作を積極的に行い、現地では一風変わった日本人作家として認められている。コロナ禍に腸の難病であるクローン病を発症し、その闘病期間中に、noteでエッセイや自作小説を精力的に更新。今はルクセンブルク語とマルタ語を勉強中。趣味は芸歴のまだ短い芸人のYoutube動画に激励メッセージを残すこと、食品や薬品の成分表を眺めること。注目している若手芸人はネオバランス、春とヒコーキ。最も気になる化学物質はアスパルテーム・L-フェニルアラニン化合物。Twitter:@GregariousGoGo、note:セクシービースト済東鉄腸