相撲人生を一変させた大怪我

2016年、7月場所を前にした稽古の最中、左足のアキレス腱断裂の重傷を負う。3場所前には優勝争いにも加わり、その翌場所には関脇の地位にもついていた。30歳を過ぎても体力、気力も充実していた豊ノ島だったが、この大怪我に直面し、当時は力士人生を終えることも考えたと声を絞り出す。

「やっぱり、あの怪我がこれまでで一番大きな土壇場でした。相撲の世界では昔は20代での引退が普通だったし、現在はちょっと延びたんですけど30歳くらいでの引退も当たり前。自分がアキレス腱を切ったのが32歳のときだったんですよ。なので、もうダメかなっていうふうに思ったんですけど」

力士だけでなく、どの世界のアスリートでも致命傷となりかねない大怪我に見舞われた豊ノ島は、それから2場所を休場することになる。そして、土俵復帰した場所の番付は幕下まで下がっていた。年齢を考えても、現役続行の意志がどのタイミングで途切れてもおかしくはなかった。

それでも、一人の先輩力士の姿が豊ノ島を奮い立たせる。

「“まだまだ頑張らな”と思ったのは、安美錦関の存在が大きかったですね。安美錦関は僕が怪我する前の場所でアキレス腱切ったんです。あのとき37歳くらいかな? そこから復帰しようとしている姿を見ていましたので、それが自分にとって刺激になりました。僕のほうが年下なのに、同じ怪我で、こんなことで挫けてはならないと強く感じました」

同じ大怪我と戦うベテラン力士から勇気を得ると、再び這い上がることを決意する。もちろん、幕下でも負傷にも悩まされ負け越す場所もあるなど、苦闘は続いた。それでも豊ノ島には大きな支えがあった。

「やっぱり家族ですね。家族がいたから頑張ることができました。一人だったら“まあいっか”“ここまで頑張ってきただろう”という気持ちにもなったと思うんですけど、やっぱり家族からの応援、励ましは大きかったですね。それで、もうちょっと頑張ろうと」 

さらに、復帰への強い決意の土台にはこんな思いもあった。

「怪我で終わりたくない、という考えを持っていました。当時、引退までのいわゆるエリート的な引退というのは、徐々に力が落ちていって、勝てなくなり番付も下がってきて、体力の限界を感じてやり切って終わるということをイメージしていたんです。それまで、選手生命に関わる怪我がなかったこともあり、自分もエリート的なやめ方、そういう力士人生の晩年を迎えると勝手に思っていました。だからこそ、怪我で幕を引きたくはなかったんです」

大怪我による休場、幕下で12場所を務めたあと、2018年の九州場所で関取に復帰。さらに翌年には再入幕も果たす。不屈の精神で再び幕内に返り咲いたのだ。土壇場を乗り越えた当時を改めて振り返る。

「幕下で取り続けているあいだも、相撲をやめることが頭をよぎることもありました。しんどくて、うまくいかなくて、相撲が嫌いになりそうなときもあったんですけど。それでも続けてきたのは、いろんな人の支え、あとは“相撲が大好き”という思いが変わることもなかったからですね」

浜田さんの一言が芸能界入りを後押ししてくれた

2020年4月、現役を引退し、親方として後進の指導に務める。そして、今年1月、日本相撲協会を退職し、芸能界への転身を発表する。相撲界のみならず、世間からも驚きの声が上がった。

「現役時代、10年前くらいはよくテレビに出させてもらっていました。当時からそれなりにしゃべることができていたし、楽しさも感じていました。各方面からありがたい評価をいただいていたこともあり、芸能界に興味を示していたことも間違いありません。今年40歳ということもあって思い切りました」

長く身を置いていた相撲界から新たなフィールドへ。多くの人に相談をしたうえで導き出した答えだった。そして、芸能界で長く活躍するある人物から、決断につながる大きな後押しがあったと語る。

「いろんな方にも相談してきたんですが、ダウンタウンの浜田(雅功)さんからの言葉が自信を得る大きなきっかけになりました。番組収録とは別の機会などで“ジブンやったら、こっちの世界でやっていけるで”と、そういった声をかけていただいたことがあって。浜田さんからしてみれば何気ない一言だったかもしれませんが、やっぱりあの方からそう言われると自信になりますよね」

▲ダウンタウンの浜田さんからの言葉が自信を得る大きなきっかけに

芸能界では、転身直後より精力的に活動を続けており、このインタビュー当日も事前にラジオの生放送にゲストとして出演している。タレントという肩書がついてまだ一ヶ月余りのタイミングではあるが、芸能活動での手応えについて聞いてみた。

「力士の頃はテレビに呼ばれてしゃべって、大勢の方に喜んでもらっていましたけど、そこでの結果は別に求められてはいなかったと思うんです。あくまでも本業は力士だったので。

だけど、今はテレビ、ラジオなどに出させてもらうことが仕事なので、しっかりとした結果が必要です。この一ヶ月くらいのあいだでも“今日はしゃべれてなかったな”とか、うまくいかなかったと感じるときもありました。でも、そういう経験もしっかりと次に活かして行く、次はもっと頑張ろうと考えながら、取り組ませてもらっています」

慣れないことが多いなかでも、豊ノ島の言葉からは前向きな気持ち、そして誠実さが伝わる。さらに、それぞれの仕事では確かな充実感も感じているという。

「今日もラジオのゲストとして呼んでいただいて、一生懸命しゃべってきたつもりです。終わったあとは、やっぱり楽しかったなって実感しました。これからも仕事として、そんなに簡単なことばかりではなく、いろいろと勉強しなければならないことも多いですが、楽しみながらやろうと思えています」