小説の投稿サイト、noteやブログなど文章を発表する場は多く、そこから“物書き”としてデビューする人もいる。そのためには、自信を持って「自分の文章を好き」と言えなくてはならない。超人気の書評家・印南敦史氏が、ラッパーから学べる「文章の書き方」と「読む人を納得させる力」について解説します。

※本記事は、印南敦史​:著『書評の仕事』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

自信を持って文章を書けていますか?

「自分の文章を好きになれ」といっても、そこまで到達するのは決して簡単なことではありません。むしろ、「これでいいのだろうか?」と迷ったり悩んだりすることのほうが多いだろうと思います。こんな偉そうなことを書いていますが、僕だって毎日、「これでいいのだろうか?」という思いが頭から離れることはありません。

でも、それでいいのです。文章に「正解」はないのですから。

▲信を持って文章を書けていますか? イメージ:Yuri Arcurs Peopleimages / PIXTA

昔、音楽ライターになる前のことですが、自分で勝手に書きためた原稿を、ある編集者に読んでもらったことがありました。しばらくして、どう思われたか気になったので電話をかけて感想を聞いてみたところ、返ってきたのは次のような答えでした。

「うーん、いいと思うんだ。いいんだけど、もっと自信を持って書けば? 読んでると、“これを書いたら、こう思われるんじゃないか”って怯えながら書いてるように感じるんだよね。でも、人がどう思うかなんてどうでもいいんだよ。君がそう思ったことが大切なんであって、だから極論であったとしても、断言しちゃっていいと思うんだ。それくらいの強さは持っていいと思う」

25年以上前のことですが、とてもありがたいアドバイスをいただけたと思っています。その証拠に、以後、自分のなかのモヤモヤしたものが晴れました。そして音楽ライターとして、スタートダッシュをかけることができたのです。

そして、あのことばは、いまだに僕の人生訓になっています。

決して強くはない人間だという自覚があるからこそ、無理をしてでも自信を持たなくてはいけないと考えているのです。

書き手の思いは、文章にも表れるものです。自信がない状態で書いた文章だったとしたら、過去の僕の文章のように「怯えながら書いている」と思われるかもしれませんし、逆に自信が伝われば、読者はその文章に安心し、信じようという気持ちになるものだということです。

ラッパーの基本は絶対的な自己肯定感

自信について考えるとき、僕はいつもヒップホップのことを思い出します。ヒップホップは、いままで生きてきたなかで一番大きな影響を与えてくれたカルチャーでもあります。

特に精神性という意味において、オールド~ミドルスクールと呼ばれる1980年代の黎明期から成熟期にかけてのヒップホップには強く共感できました。

まず惹かれたのは、トラック(リズム・トラック)の重量感や迫力でした。それは“ヒップホップ以前”に聴いてきた音楽にはなかったものだったので、音楽性そのものに感覚を大きく揺さぶられたわけです。

▲ラッパーの基本は絶対的な自己肯定感 イメージ:Sergiy Tryapitsyn / PIXTA

そして、もうひとつのポイントは、ラップでした。具体的には「ことば」で勝負をかけるラッパーたちが、多かれ少なかれ共通して持っている「絶対的な自己肯定感」に勇気づけられたのです。

「俺はすごい」「俺が一番」「俺は強い」などなど、ビッグマウスであることは初期のラッパーの必須条件でした。もちろん、いまでもその傾向は引き継がれていますが、当時は「ゲーム」の一環として、それがもっと大げさだったようにも思います。つまり、偉そうな口を叩くことが、ラップ・ミュージックを魅力的に感じさせていたわけです。

ただ、そのことについて考えるたび、彼らラッパーがリリック(歌詞)を書いているときの心の動きを、僕は勝手に想像してもいたのでした。

たとえば「俺は誰よりも強い」「ラップが一番うまいのは俺だ」など大きなことを紙に書いているとき、「こんなに大層なこと書いちゃっていいのかなぁ……?」と葛藤することもあったのではないだろうかということ。自分だったら、そういうことを考えてしまうのではないかと思うんですよね。

ラッパーの基本は絶対的な自己肯定意識なので、そんなことを考えるようではラッパーにはなれないのかもしれません。しかし、人間である以上、少しばかりはそんな葛藤が頭をよぎる瞬間もあるのではないかと思えてしまうのです。むしろ、それは当たり前のことなのではないかと。

なのに、そう感じさせないところに、彼らの強さがあると感じたわけです。

しかも本当に力のあるラッパーは、そうやって口に出したことを現実のものにしてしまいます。「できるかできないか」と悩むのではなく、(やったことがないことであっても)「できるんだよ!」と宣言してしまう。そして、口に出した以上は、そのことばに責任を持ち、「できる」といい切ったことを実現してしまう。“有言実行”的な強さがあるということです。