自分が思っていることが100%伝わることはない

個人的に印象に残っているのは、太田が敬愛する映画監督のテリー・ギリアムと対談したときの話だ。「モンティ・パイソン」のメンバーとしても知られ、『未来世紀ブラジル』『フィッシャー・キング』という名作を生み出した巨匠と太田は、来日時の対談で親交を深め、『ブラザーズ・グリム』『ローズ・イン・タイドランド』『Dr.パルナサスの鏡』『ゼロの未来』などの新作公開時には、これまで何度も爆笑問題が宣伝担当や対談を行ってきた。

テリー・ギリアムも「世界中をキャンペーンで回ってるけど、テンション高くはしゃいだりするのは日本だけ。それは君たちがいるからだよ」と全幅の信頼を寄せている。

そんなテリー・ギリアムと太田が対談したときのこと。太田が話した『フィッシャー・キング』の解釈を、テリー・ギリアム本人が「それは違う」と否定したところ、太田が「あなたの解釈は間違ってる」と噛みついたというエピソードだ。

「ははははは! あのときは、ちょうどテロが各地で起きていて、テリー・ギリアムの作品でレストランで食事しているときに、銃撃されて大切な人が亡くなっちゃうシーンがあったから、“あれはテロに対する批判だ”って俺が感想を言ったら、彼が“違う、あれは銃社会に対するアンチテーゼなんだ”って言い返したから、“いや、それはあなたが間違ってる!”って(笑)。

『フィッシャーキング』作った監督本人に向かってだよ? “俺がそう思ったんだからそうなんだ、もうあの作品はあなたのもんじゃない!”って(笑)。よく考えたらひどい話だけど、俺はそう思ったんですよね」

これは、太田がテリー・ギリアムの表現を敬愛しているからこそ出た愛情表現のひとつであると考えたとしても、表現が送り手の手元を離れて、受け手のもとに渡った時点で、その表現は受け手のものである、という考えはかなり個人的にすごく衝撃を受けた。

では、太田光の表現が彼自身の気持ちとは別の、歯がゆい方向に婉曲されて受け止められた場合、太田はどういう印象を持つのだろうか。特に彼らのネタは時事を扱うからこそ、自分のメッセージを伝えたい人たちにいいように使われてしまう危険性を孕んではいないか。

「うーん、歯がゆい方向ね……やっぱり、それは自分たちのネタでも同じで、送ったからには、自分の意図とは違うほうに解釈されても仕方ないな、とは思ってますよ。そりゃ“そんなつもりで言ったんじゃないのにな”とか思うことはあります。でも、自分が思っていることが純度100%で相手に伝わることなんかあり得ないと思ってるし、それをいちいち自分の口で間違っていることを正すんだとしたら、作品を作る意味なんてないから」

▲自分が思っていることが100%伝わることはないと話す

素人が漫才の分析をすることほど、そしてそれを我が物顔で不特定多数の前で披露することほど、厚顔無恥なことはないと思っているが、爆笑問題が作る漫才の素晴らしいところは、時事ネタを扱いつつ、自分たちの伝えたいことと、面白いことを天秤にかけたら、必ず面白いほうを選んでいるだろうと思わせるところだと伝えた。

「そうそう。だから、この『笑って人類!』も暇つぶしみたいな気持ちで読んでほしいんですよね。登場人物の誰に感情移入してもらってもいいし、誰にも感情移入できないけど、ただ面白い、だけでもいい。笑ってほしくて書いてるんで」

≫≫≫ 明日公開の後編へ続く


プロフィール
 
太田 光(おおた・ひかり)
1965年5月13日、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部演劇学科を中退後、88年、大学の同級生の田中裕二と爆笑問題を結成。93年度「NHK 新人演芸大賞」、2006年「芸術選奨文部科学大臣賞」受賞。2018年、オムニバス映画「クソ野郎と美しき世界」の一編、 草彅剛主演の「光へ、航る」を監督。2020年「ギャラクシー賞」ラジオ部門 DJ パーソナリティ賞を受賞。著書に『爆笑問題の日 本言論』(宝島社)、『マボロシの鳥』(新潮社)、『憲法九条を世界遺産に』(共著、集英社新書)、『違和感』(扶桑社新書)、『芸人人語 コロナ禍・ウクライナ・選挙特番大ひんしゅく編』(朝日新聞出版)など多数。