家族には発売するまで言えなかった

――せっかくなので、ご家族とのエピソードを聞きたいです。

栗澤 本が出るという話はしていなかったんですよ。

――え!? 本当ですか?

栗澤 はい(笑)。先ほど、企画は4年前から出ていたという話をしたんですけど、その頃に「本が出るかもしれない」という話はしてました。それが延び延びになっていたときに「出ないじゃん」みたいに責められたことがあって。それで、もうちょっときちんと形になったときに話そうと思ったんですよ。そうしたらタイミングを逃してしまって。

――ははは。

栗澤 発売日になってバレました。

――奥さんになんて言われたんですか?

栗澤 「何か話すことがあるんじゃない?」みたいな。ちょうど、2月あたりに娘が高校受験だったんです。家では受験のことが中心だったので、自分の本のことは伝えてなかったんですよ。だから、お付き合いのある作家さんや会社さんが「お祝いだ」ということで飲みに連れて行ってくれたりしたんですけど、家に帰ると受験生がいるのに……みたいな感じで見られてました。

でも、飲んで帰ってきて、発売の話をしても説得力ないなと。話せないから、責められるみたいな感じで。お祝いの花とか日本酒とかも貰ったんですけど、それを持って帰っても「日頃の感謝じゃない?」と意味のわからないことを話してました。

“ちょうどいい”盛岡の魅力

――岩手で生きてきた栗澤さんの地元に対する思いを聞かせてください。

栗澤 そうですね。そう意味では震災というのが意外と、心理的に逆説ですけど、自由になったような気がしますよね。どこか釜石に縛られているところがあって、長男だし両親のそばに居なければと思いつつも盛岡に来たんです。

でも、震災もあってですけど、そこまで心理的に近くに居なくてもいいのかな、というのは思いました。日本全体がそんな感じになりつつあるのかなとも思います。地縁に捉われないと言いますか。そういう感じはありますね。個人的に、盛岡はちょうどいいんです。

――ちょうどいい、というのは?

栗澤 人口規模が30万人を切るくらいなんですけど、中心市街地とかを考えるとかなりパイは小さくなるんですが、それだけにお客さんの顔が見えるんですよ。例えば、飲食店業界の何かに携わりたいときは、あの店の店長さんに行けばいいとか。喫茶店業界であれば、ここの方に話を聞いてみたりとか、そういうのがわかりやすくリーダーみたいな方がいらっしゃるので、そういうところの付き合いが楽なんですよね。

――なるほど。

栗澤 それにプラスして適度な距離感があるので。小っちゃい世界ですけど、盛岡から見れば、私は“よそ者”なんですよね。よそ者にとっては適度な距離感なんですよ。これが細かい話ですけど、釜石で暮らしていると「あそこの倅だ」「あそこの息子のどうだこうだ」というのが耳に入ってくるので。それを考えると、盛岡は適度でいいなと思いますね。

――そういう意味だと、東京に住んでいて「どこか違う場所で暮らしたい」と考えている人にとって、もしかしたら盛岡はちょうどいい場所なのかもしれないですね。

栗澤 そうですね。いろいろと話題になっているじゃないですか、都会から田舎に移り住んだ人に対しての決まり事とか。「村とはこういうもんだ」みたいなものは、盛岡ではそこまでではないですね。

――そういえば、海外メディア(米NYタイムズ)でも「2023年 行くべき52ヶ所」で2位に選ばれましたよね。

栗澤 なりました。みんな、浮き足立っていますよ。

――(笑)。その結果はどういうふうに受け止めているんですか?

栗澤 普段の生活が認められたような感じですね、別に背伸びもしていませんし。そのコラムに出てくるお店というのが、観光客向けではないんですよ。

――そうなんですね。

栗澤 そういった意味ではうれしいです。ただ、こうしてほしかったというところもあって。個別の店を褒めてくれているんですけど、そこからさらに一歩踏み込んで「盛岡は本の街」「喫茶店文化が根付いている街」という感じで膨らませてほしかったなと。

――これから観光客がさらに増えそうですよね。

栗澤 これは以前からですけど、フェザン店は盛岡駅にあるので、玄関口として地元関連の書籍を充実させています。

▲さわや書店フェザン店といえばPOPが有名