俳優・山口智子のライフワークである『LISTEN.』プロジェクト。目的は「その風土に根づいた暮らしから生まれ得た、唯一無二の音楽の素晴らしさを納得いく形で未来に伝える」。10年に渡り訪れた国はなんと26か国。最小限のスタッフと、現地リサーチから音楽家との交渉、映像の編集や字幕の作成までも行なう。
そんなこれまでの活動を書籍化したのが『LISTEN.』。彼女自身の言葉や美しい地球の風景、音楽家たちのオリジナル演奏シーンとともにQRコードが掲載され、現地の臨場感そのまま、音楽が飛び出してくる仕掛けになっている。それはまるで彼女が目指した音のタイムカプセル。
彼女がなぜ音に魅せられ、導かれ、旅することになったのか。「まだ知られていない地球のこと、今の音を知ってほしい」と、迸(ほとばし)る熱意で語った1時間。この受け取ったパスを、今度は読んでくださる皆さんに回したい。
『LISTEN.』は自身の心の声に耳を傾ける機会でもあった
――『LISTEN.』を読むと、山口さんが表現としての音楽に興味を感じているのがよくわかります。最初は「なぜ、音楽だったのか」と思いました。
山口 メロディー、リズムなどの「音」は、聞いた瞬時に心がときめきますよね。日本語を喋っていようが、英語だろうが、トルコ語だろうが、『うわ、素敵!』『かっこいい』と一瞬にして世界を結びつけてくれる。それが音の魅力です。美しいメロディーが流れたら私たちは感動し、国境や障壁を超えて共感できる。それが音楽の力だと思います。
全く情報のない異国に降り立った時でも、街角から流れてくる歌声やメロディーにゾクゾクして、一歩踏み出すと予想もしなかったような感動に出会えたりする。『LISTEN.』とは耳を傾けるという意味ですが、世界に溢れる音楽文化に対して、耳を傾けたいという気持ちと同時に、自分の心の声に耳を傾けてみたいという自分自身への戒めの言葉でもありました。
その時は、ちょうど自分が本当に欲しているもの、見たい、聞きたい、知りたい、出会ってみたいという心の声をつい忘れてしまいがちな日々を過ごし、テレビをつければたくさんの情報が入ってくるけれど、説明や解説の洪水で、溺れてしまいそうな息苦しさを感じていました。
その只中で、世界に耳を傾けて、世界を知りたいと心を開く気持ちを忘れていた自分にふと気づき、2010年、知りたい、出会ってみたい、聞いてみたいという心の声に耳を傾けて、世界を知る旅に出ようと決意しました。そして、音楽を入り口にして地球の宝を探る『LISTEN.』というプロジェクトを立ち上げました。
『LISTEN.』で追いかける音楽は、地球をひとつに結んでくれる大事な鍵であり、地球人として、心から誇れるものです。これから必ず来るであろう、宇宙というものを意識した時代に、地球人として、どう地球の素敵さを宇宙に発信するのか。昔、スピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』にもありましたが、地球外生命体と遭遇した時にどうやって会話を始めたかというと、5つの音から成るメロディーでした。
音は宇宙の共通語でもあります。地球は宇宙に誇れる素敵な音楽に満ちています。その宝は決して失ってはならないし、宇宙に自信を持って発信したい。『LISTEN.』は、今この瞬間の最高にかっこいい音楽文化を収めた地球のライブラリー。100年後、1000年後の未来に誇れるものです。
『LISTEN.』では「1000年後の未来に開けるタイムカプセルに何を入れたい?」という質問を出会う人々に投げかけてきましたが、『LISTEN.』自体が、今という瞬間の命の輝きを詰め込んだタイムカプセルです。宇宙に自慢したい地球の宝が詰まっています。
――山口さんの最初の記憶にある音楽はなんでしょうか?
山口 私は日本の歌謡曲を聞いて育ちました。山本リンダに始まり、フォーリーブスにときめき、『ザ・ベストテン』に夢中になった世代です(笑)。私自身は音楽のプロではありませんが、今思えば、日本の歌謡曲はさまざまな世界の音楽エッセンスを融合させて大衆文化を築いた、とても面白いものだと思います。
なぜ私が異国の音楽を聞いた時に懐かしさのようなものを感じるのか。例えば、ジュディ・オングさんの『魅せられて』を聞いて真っ青なエーゲ海を心に描いて育ちましたが、昭和の歌謡曲の中にはたくさん異国情緒のようなものが潜んでいたと思います。
世界の民族音楽に触れて感じるのは、民衆の中で生きていく力として歌い継がれてきたエネルギー。生き抜く力を生むのが音楽。もちろん日本の歌謡曲もそうです。『明日、頑張ろう』という力が湧いてくることが、音楽の素晴らしさだと思っています。
――どのような使命を感じて、『LISTEN.』に至ったのでしょうか。
山口 生産性や経済優先のあまりに早急な世の風潮の中では、素晴らしいもの、美しいもの、たとえ時間はかかっても育んでいくべき大切な宝が、うかうかしているとあっという間に波に飲まれて消えていってしまう。その現実に直面する場面が多々ありました。
リサーチの時に出会った歌い手を翌年に訪ねたら、お亡くなりになっていたり、受け継がれていなかったり。『ああ、間に合わなかった』と悔しい思いがありました。でも、私たちが意欲的に知ろうとすることで、今まで知らなかったものが大好きになったり、育てたい、伝えたいと思い始める。「知ること」で、きっと何かが変わり始めるのではないでしょうか。
『LISTEN.』という「耳を傾ける」ことで、今まで知らなかった世界の美しさを知って、放っておいたら滅んでしまうかもしれない私たちの宝物がなくならないように、ちょっとでもブレーキをかけられるんじゃないかと信じています。
――音に触れて、演奏する側に挑戦したいと思ったことはありませんか。
山口 一度もありません。練習を必要とするものは苦手です(笑)。楽器は訓練が必要ですし難しいですよね。私はカラオケも嫌いだし演奏もできませんが、音楽に触れたら、踊りたい! という欲望が芽生えるので、いつも踊るようにしています。