4月になり大企業の入社式の様子がニュースでは報道されていますが、多くの企業では人材確保に苦労したり、採用したくても市況が厳しくて見送っていたりするのではないでしょうか? 陸上自衛隊の幹部として多くの現場でチームを指揮してきた小川清史氏は、これまで通りのマネジメントでは日本企業の経営は難しいと指摘しています。

※本記事は、小川清史:著『組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く 「作戦術」思考』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

「言葉で率いる」姿勢が欠けている日本企業

そもそも組織には戦略という“柱”が必要であることを、多くの日本企業の経営陣はあまり気づいていない(あるいは重視をしていない)のではないでしょうか。どちらかと言えば、売上や利益といった“数字”だけが重視され、企業の戦略に方向性を与える企業理念や社是といったものは、形式・建前・お飾り的な単なる“言葉”として軽んじられる風潮があるように思えます。

たしかに数字は具体的で明確です。しかし、それ自体は戦略やビジョンにはなりえず、フォロワー(部下)やチームメイトの自主積極的な行動を促すものでもありません。一方、言葉による目標やビジョンは曖昧になりがちですが、従業員やフォロワーに行動の指針を与え、彼ら・彼女たちの自主性・積極性を引き出す力になりえます。

日本の多くの企業には、この「言葉で率いる」姿勢が欠けています。

▲「言葉で率いる」姿勢が欠けている日本企業 イメージ:ふじよ / PIXTA

「そんなことはない。ウチの会社(チーム)はちゃんとビジョンがあるし、それを実現していく戦略もしっかり掲げている」という反論はもちろんあるでしょう。実際、企業のホームページなどを見れば、立派な社是や企業理念、経営ビジョンなどが並んでいます。それらをもとに会社としての目標を明確にして、その目標を実現するために具体的な戦略を立てている企業もたくさんあると思います。

しかし、戦略は、なんとなくそれらしく掲げればいいというものではありません。

日本の社会を見渡せば、戦術内容を戦略として掲げていたり(戦略と戦術の混同)、戦略に沿わない戦術を現場が採用していたり(戦略と戦術の齟齬)するケースが多々あります。

では、仮に戦略がしっかり定まっていたとして、その経営レベルにおける戦略は、現場レベルの業務(戦術)にしっかりと反映されているでしょうか?

もしかすると、経営陣たちにはそれなりにしっかりとした戦略があるけれど、それが現場レベルに反映されていないのかもしれません。しかし、それでは結局「戦略の欠如」と同じです。

企業に限らずどの世界でも、現場レベルではどうしても個別最適の追求に走りがちになります。それが全体最適に寄与するものであれば問題ないのですが、時として個別最適の追求は全体最適の達成を阻害する要因になります。

そのような事態になったとき、全体最適のために現在進行形で成果をあげている自分たちの仕事を抑制する(場合によっては中止する)、という“決断”を現場レベルで下せるでしょうか? 

難しいケースのほうが多いであろうことは想像にかたくありません。

軍隊もトップダウン型から変わりつつある

戦略とは「未来をより良いものに変えるために、今後どうするか」というビジョンであり、時間と多くのアセットを使用して、より良い未来を実現するための方法と手段です。一方、戦術とは「いま起きていることにどう対応するか」に関する技術です。経営(運営)レベルの戦略と現場レベルの戦術に齟齬が生じていると、組織の戦略目標の達成、すなわち全体最適の達成は難しくなります。

これは軍事の世界でも大きな課題であり、かつてアメリカやロシア(ソ連)は、この「戦略と戦術の齟齬」の問題に大いに頭を悩ませていました。そこで、戦略と戦術の中間に「作戦」というレベルを設定し、戦略がしっかりと個別の戦術に反映されているか、個別の戦術が戦略目標に寄与する内容になっているか、それらを調整・コントロールする技術を磨いていったのです。

こうして生まれたのが「作戦術」です。

言葉の響きから「上手な作戦の立て方についての技術」といったイメージをされるかもしれませんが、実際は「戦略目的(全体最適)を達成するための現場(個別最適)のコントロール術」のようなものです。

とはいえ、それは上(軍本部)からの一方的なコントロールではありません。現場(前線)レベルでも戦略との整合性を意識しながら、自主積極的に自らの戦術をコントロールしていきます。つまり、組織の上も下も一丸となって「今の個別最適(戦術)をどのようにコントロールすれば、より良い未来の全体最適(戦略目標)につなげられるか」を考えて実行していくというわけです。

▲軍隊もトップダウン型から変わりつつある イメージ:Yevhen Shkolenko / PIXTA

軍隊と聞くと「上からの命令は絶対」というトップダウン型の印象があるかもしれませんが、近年では、前線の兵士が上位レベルの戦略の意図をくみながら、自主積極的に動いて戦術を展開していく「ミッションコマンド型」の軍隊が重要視されています。その理論的な基礎になっているのが作戦術なのです。