大学のサークルで宣言「英語でラップやります」
巣鴨学園での中高6年間を「『ショーシャンクの空に』みたいだった」と表現している宇多丸。しかし、高校時代の3年間には実りもあった。大人に近づくにつれ、学校とは別の世界を持てるようになったのだ。高校生になった宇多丸は、クラブ通いを始めた。
「夜遊びを始めたことで、学校外に大人の友達もできました。そうすると、部活とかで不愉快な人とも一緒にいなきゃいけない、と思い込んでた中学時代の生活が無意味に思えてきて。高校からは、学校で多少イヤなことがあっても、別にチャンネルはいくらでもあるしって感じになりましたね」

「ショーシャンク」と表現する土壇場を、映画さながらティム・ロビンスが演じた主人公のように外の世界とつながることで乗り越えたのだ。巣鴨学園を卒業し、早稲田大学に進学した宇多丸は、ソウルミュージック研究会のサークル「GALAXY」に入部する。
「ラップ、ヒップホップ、クラブミュージック……クラブ文化がすごい大好きだったんです。早稲田に入った学生が読む『マイルストーン』という学内誌には、各サークルの紹介があり、それを読むと“DJやってます”みたいなことをかろうじて書いてあったのがGALAXYでした。まあ、実際に行ったら全然そういうサークルではなく、もっとゴリゴリのブラックミュージックファンが集まるサークルだったんですけどね」
しかし、GALAXYでのサークル活動は、宇多丸がヒップホップの世界に身を投じる大きな契機になる。
「4月の新歓パーティーで、1年生は出しものをやるのが決まりごとだと。変な話なんですけどね、入ったばかりの新歓パーティーで1年生が何かしなきゃならないって。で、俺は先輩から“士郎(宇多丸の本名)、コントやれ、コント”と言われたんですけど、面白くならないだろうし、“イヤです。ラップやります”って宣言したんですよ。
先輩たちは、日本人のラップなんてカッコ悪いに決まってるという反応で。今じゃ考えられないだろうけど、そういう時代だったんです。だけど、“いや、俺はできますよ”って通して。なんでそんなことを言ったのか、自分でもわかりませんけどね。で、やってみたら“おお、うまいじゃん”と」
これはタイミングもよかった。若者たちがヒップホップに進む材料が、時代背景的に数多く揃っていたからだ。
「ちょうどディスコ文化の終焉、そしてクラブ文化の始まりという時期。これには風営法の改正とかが大きく影響しているんだけど、旧来のディスコDJ以外のクラブ的なことができる人材が広く求められていて、そこらじゅうでコンテストが開かれていました。我々にとっては、本当にチャンスのあった時代。
ラップの人、スクラッチDJの人、ハウスDJの人とか。そのなかには、のちに成功した人もいっぱいいますよ。例えば、ハウスの寺田創一さんも同じコンテストに出てましたし。あと、コンテストでよく一緒になったB-Fresh3というクルーにはDJ Krushさんがいて、ガードマンというか取り巻きには、のちのMUROくんがいたり。
B-Fresh3では、ラッパーのCAKE-Kさんが歌詞を書いていました。彼のアプローチは要するに空耳的というか、英語ラップの聴こえ感に日本語をあてていくっていうやり方。これを言うと“そんなの普通じゃない?”と思うかもしれないけど、当時はこの発想がなかったんです。本当に、コロンブスの卵というか。
日本語から発想するとリズミカルにできないと思いこんでたけど、英語の響きに日本語をあてていけばリズミカルなラップができる。しかも、言葉を選ぶセンスが超問われるってことだよね? “それ、俺の一番得意なやつ!”って感じで、俺も日本語でラップを書き始めました」
それからしばらくして、宇多丸に運命的な出会いが訪れる。GALAXYの1年後輩に、共にRHYMESTERを結成するMummy-Dが入ってきたのだ。
「彼はもう、最初からゴリゴリのヒップホップでした。Dさんの登場がすごくおもしろくて。俺から見ると、横浜という独自のブラックミュージック的な土壌がある場所で育ち、服装からして東京クラブカルチャーではない、野生でヒップホップ、ブラックミュージックをわかっている感じの子。
さっき言った1年生の出しものをやらせたら、“え、全然うまいね、キミ……”みたいな(笑)。で、“俺もちょっと日本語で書き始めたんだ”とやってみせたら、“カッコいいっすねぇ”みたいな」
こうしてRHYMESTERは誕生し、快進撃を始めた……ということにはならない。宇多丸らは、しばらく雌伏の時期を過ごすことになる。ジャパニーズ・ヒップホップの黎明期の話だ。
(取材=寺西ジャジューカ)

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