どん底からの更生…パーフェクトから程遠いキャリア

ここからは、主役のヘルマン選手について詳しく触れていきます。ヤンキースの生え抜きとして、かれこれ7年目のシーズンとなりますが、彼のキャリアはお世辞にも順風満帆とは言えないものでした。しかもフィールド上に限らず、私生活などでもアップダウンが激しい歴史。かいつまんで紹介していきましょう。

2017年にMLBデビューし、2019年には18勝・防御率4.03とブレイクを果たすも、9月に同僚C.C.・サバシア選手主催のチャリティーイベントで、当時の彼女に暴行を加え、81試合(シーズン半分相当)の出場停止処分を受けました。翌2020年シーズンがCOVIDの影響で60試合の短縮シーズンとなったことが不運となり、ほぼ1年半、復帰できずに終わってしまいました。

出場停止中の2020年7月には自身のSNSで引退を示唆するも、翌日にはすぐさま撤回。後日のインタビューでは、一連の出来事を主因とした鬱症状に苦しんでいた影響であったと語っています。

2021年には復帰を果たすも、チームメイトらからは冷たい扱いを受け、投手陣のリーダー格の一人であるザック・ブリットン選手からは「誰とチームメイトになれるかは自分のコントロール外だ」と、ビックリするくらいストレートに突き放された場面もありました。フィールド上でも22試合で防御率4.58と振るわず、いろんな意味で残念な一年となりました。

2022年は怪我でシーズンの前半を全休してしまい、筆者を含めた多くのファンが戦力外を予想していたものの、復帰後は15試合で防御率3.61と安定感をみせ、崩壊途上だった先発ローテーションを救いました。

今季もシーズン前はローテに入る見込みがなかったなか、カルロス・ロドンやフランキー・モンタスといった主力投手の度重なる怪我により、開幕からフル回転で投球をしてきました。しかし、試合を作ることもあれば大炎上もあり、今回の試合前防御率は5.10と安定からは程遠い存在となってしまいました。

しかも、5月の試合中には粘着性物質検査に引っかかる退場処分を受け、自動的に10試合の出場停止処分を下されたり、直近の試合ではシアトル・マリナーズ相手に10失点したりと、ファンからも猛烈な批判を受けていた矢先、まさかの偉業となりました。

そんなヘルマンですが、なぜか以前から何かとパーフェクトやノーヒッターと縁が多く、今回はその集大成と言えるのではないでしょうか。

・2018年5月6日。キャリア初先発登板にて、6回無安打9奪三振(2四球)と圧巻の投球をみせたものの、84球にて降板。ロングリリーフから転向をさせて初登板であったため、早期段階で余儀なくノーヒッター継続のまま終わりました。

・2021年7月26日。7回まで無安打投球を繰り広げるも、8回の先頭打者に二塁打を許し無念の降板。後続が滅多撃ちにされて、試合も落としてしまう最悪の事態に。

・2023年5月16日。3回まで完全投球を見せたものの、前述の粘着性物質検査により退場処分。今回の試合は1ヶ月越しにやり残しを回収できました。

▲パーフェクトゲームを成し遂げたドミンゴ・ヘルマン投手 写真:AP/アフロ

ブーン監督も認めた人間としての成長

前述のとおり、DV事件で長きにわたる停止処分を受け、ファン・チームメイト双方の激しい批判を買ったヘルマン投手は、ここ数年ヤンキース内の悪者的な存在となってしまっていました。しかし、パーフェクト達成後のチームメイトらとの盛大な祝福を見る限り、全員が純粋に成し遂げたことを喜んでいたように見受けられました。もう完全に過去を水に流したと言えるでしょう。

実は例の暴行事件を起こしてしまったあと、カウンセリングを受けて更生に尽力してきており、パートナー及び選手として日々精進しているとのこと。当時暴行を加えた彼女とも今は和解し、結婚にも至っています。チームメイトは、この心変わりを肌で感じているからこそ、チームの一員として迎え入れられているのではないでしょうか。

実際、アーロン・ブーン監督が今年2月のインタビューで、「彼はここ数年で精神的に大きく成長した……今とても良い状態だと思うし、我々としてもうれしいこと」と語るなど、投手陣のリーダーとしてのお墨付きも与えられています。

もちろん、犯した過ちは忘れられることはないし、手放しに許されることではない。しかし、どん底から這い上がり、更生に力を入れ、最終的には歴史にも名を刻んだヘルマン選手を純粋に称えたいと思います。

あらためて、パーフェクトゲームおめでとうございます。さて、あとはワールドシリーズだ。28度目の世界一をニューヨークへ!


プロフィール
KZilla(ケジラ)
ニューヨーク・ヤンキース、およびMLBの魅力をTwitter、note、ラジオなどで発信し続ける注目の野球アナリスト。ニューヨーク育ちの英語力を活かした情報収集力と分析力は、コアなファンからも高い評価を得ている。なかなか貯金が増えないヤンキースの惨状を目の当たりにして、メンタルは“希望”と“絶望”を激しく行き来している。Twitter:@TokYorkYankees、note:KZilla|note