僕が生まれる前から実家にいた「マリア」
僕は東京一人暮らしの部屋で、猫の「おはぎ」を飼ってます。
まあ、猫と言ってもダンボールでできた猫なんですけどね。
ダンボールを猫の形に切り取ってガムテープで固定して作った猫、それが僕のペットのおはぎです。
僕の周りの役者仲間は、おはぎのファンが多く、親友の俳優平野良は、取材の日に僕がプレゼントしたおはぎのTシャツを着てくれたり、後輩の高崎翔太や鈴木勝吾は自分でオンラインショップのsuzuriにアクセスして購入してくれました。
「そんなに猫好きなら、ダンボールの猫じゃなくて本物の猫を飼えばいいのに」
たまにこんなことを言ってくる輩がいます。
「なんと失礼な! ダンボール猫も生きてるし!」
と言い返したいところですが、実際その通りだと思います。
猫好きなら、ダンボールの質感じゃなく、血肉が通ってるフワフワの猫を飼えばいい。
ほんとにその通りだと思います。
そもそも、僕がこんなにも猫好きな理由は、僕が大阪城の見える病院で産まれ、宮下家の新メンバーとして加入する前から宮下家には猫がいたからなんです。
宮下家の家族構成はお母さん、お父さん、姉ちゃん、僕、そして猫。
これが物心ついたときの宮下家メンバーでした。
僕より先に宮下家にいた猫は、まめに毛繕いするオシャレさんで、真っ白の毛並みが綺麗なペルシャ猫の女の子。名前は「マリア」と言いました。
めっちゃ気が強くて、ブチギレたときは手加減なしで引っ掻いたり噛んだりしましたが、機嫌が良いときは撫でさせてくれたり抱っこさせてくれる猫でした。
学校の宿題をやってる僕の隣でじっとしているマリア。
僕と姉ちゃんが喧嘩してる様子をテレビ台の上から眺めてるマリア。
“大人になってもずっとマリアと一緒にいる“って僕は本気で思ってました。
そんなわけないのに、本気でそう思ってました。
人間と猫の寿命は違うのは当たり前に知ってるのに、いつまでもお別れが来ないと思ってて、ウチの猫だけは特別だと信じ込んで、自分より先に死んでしまうことを信じたくなくて、考えたくもなくて。
腕の中で暴れてくれなくなったマリアを抱っこしてるお父さんの背中を見たのは、僕が中学2年生だった朝でした。
「ペットが死ぬと、家族が死ぬと、こんなにも苦しくて悲しくて涙が止まらないのか」
だったら、もう二度とペットは飼いたくないとさえ思いました。